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第105話 リステリア対策も忘れずに

2022.12.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2022/12/1 update

  

 

 先進国を中心に世界各国から、リステリア食中毒に関する悲報が届いています。図1は米国疾病管理庁CDCが、デリカテッセン(調理済み総菜類)に関して注意喚起を行ったことを報じています。死者を伴うリステリア食中毒の原因食品としてデリカテッセンの肉類やチーズの可能性が高いことが、その原因です。

 

 

 図2は、史上最悪のリステリア食中毒を示しています。2017から2018年にかけて、南アフリカを中心に発生し、216名もの死者が出ています。この大惨事の報道は、わが国では、ほとんどなされませんでした。わが国にもリステリアはいます。多くの食品からも検出されますが、食中毒としての報告は、過去からも1件だけです。リステリア対策について、考察してみましょう。

 

 

 

1) リステリアについて

 リステリアListeriaは、グラム陽性桿菌のリステリア属に属する細菌の総称です。属名Listeriaは、外科治療に消毒法を導入した英国の外科医Joseph Listerに捧げられたものです。リステリア属には10種の細菌が含まれますが、ヒトに病原性を示すL. monocytogenes(以下、Lm)をリステリアと呼ぶ場合もあります

 Lmの特徴を表1に示しました。低温での増殖が特徴で、きわめてゆっくりですが、-4℃でも増殖するとされています。耐塩性(10%食塩存在下でも増殖)や運動性があります。自然界に広く分布しています。

 細胞内寄生菌で、隣接する細胞に侵入するという特徴を持ち、ヒトのリステリア症の原因となるほか、ヒツジやウシなどの家畜に感染して流産や敗血症の原因になる、人獣共通感染症の病原体の一つです。

感染症法では、5類に分類される侵襲性髄膜炎の原因菌として、診察した医師に衛生当局に報告する義務が課せらせています。

 Lmの摂取菌量や摂取者の体質体調によって病状が2つに大別されます。深部組織・臓器への侵襲がない非侵襲性の症状は、悪寒・発熱・下痢・筋肉痛などで、予後は良好です。侵襲性の症状は、敗血症・髄膜炎・流産・中枢神経症状などです。

 Lmに感染すると、潜伏期が数時間の場合もあれば、数週間後に発症する場合もあります。また、高齢や他の疾患などで免疫力が低下している人や妊婦が感染した場合には、重篤な経過をたどる場合があります。

 食事由来のLmによる健康被害を防止するためには、表1や図3のようなLmの特性とその食中毒を理解し、対策を怠らないことが必要です。

 

 

 Lmはフードチェーンの各所に棲息しています。風が吹くと、風に乗って移動する場合もあります。小さくて目に見えないのですが、農場から食卓まで気を付けないと、食品に混入します。表2は、米国食品医薬品庁FDAが用いている環境から食品へのLmの混入リスク対策のための質問票です。高リスクと判断される場合は、徹底的にLm対策を講じるべきです。

 

2) わが国のリステリア食中毒について

 国内でリステリア食中毒として報告されているのは2000年に北海道で発生した1例のみです。2000から2002年に厚生労働省の研究班による調査が行われました。リステリア症の発症率の推計は、リステリア症の報告が多い欧米と比べても低いとはいえないものでした。

 国立感染症研究所は、厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)検査部門の2017~2020年のデータを用い、日本のリステリア発症率を推計しています。4年間の患者合計は307例、病床規模に応じた補正を行い算出された発症率は1.06~1.57/100万人(4年間の平均発症率は1.40/100万人)と報告されています。

 

 

 わが国では、食中毒の調査は診察した医師の報告に基づいています。パッシブ(受動的)サーベイランスとも表現されるこの調査法では、潜伏期間の長いLmの食中毒の調査には向いていないと思われます。図の左側は、米国で行われている食中毒などの疾病調査の概念図です。右側は、労働災害などの防止対策で良く用いられるハインリッヒのヒヤリハットの概念図です。

 米国では指定された10地域について、疫学者が疾病について精密な調査を行っています。アクティブ(積極的)サーベイランスと呼ばれています。図4のように疾病に関係した人々を調査し、統計学を駆使して推計が行われます。最終的に、米国の総人口への換算が行われます。米国の人口は3.3億人で、わが国の約2.6倍です。

 米国では、リステリア症は毎年2,500人程度が発症し、そのうち500人が死亡していると推計されています。患者数では食中毒全体の0.003%に過ぎませんが、死者数では10%にも達することから、Lmは恐れられています。

 米国の食中毒の年間患者数は、7,600万人、年間死者数は5,000人と推計されています わが国の2021年の食中毒患者数は約1万人、死者は2人でした。

 日本の食中毒統計は医師により病原体が推定され、原因も食品と推定された場合のみ報告が保健所経由で集約されるシステムです。実際には下痢や嘔吐を起こしても医療機関を受診しない人も、多いと思われます。

 医療機関でも検便などの検査を行わない場合もあります。急性胃腸炎やお腹にくるカゼと診断をされ、食中毒とはされない場合もあると思われます。食中毒の発生が疑われても、発生源や原因が特定されず、食中毒とされないものもあります。

 

 

 わが国におけるLm食中毒の実態も図5に示されている概念図と似ていると思われます。「氷山の一角」としてLm食中毒患者が病院を訪れても、潜伏期間が長いことに加えて、食中毒としての取り扱いの煩雑さを避けようとする医療側の事情から表面化していないのではないのだろうかと思われます。

  わが国でも、Lm食中毒の未然防止を忘れてはならないと思われます。Lm食中毒が発生した場合に備えて、拡大防止、再発防止についても検討しておくべきです。図5の左側は、東日本大震災による原子力発電所事故などを教訓として「失敗学」を実生活に活かそうとしている畑村洋太郎氏の考え方です。Lm食中毒対策にも参考になると思います。

 わが国でもLmは、一所(生)懸命に生きています。条件が整えば、大型食中毒も引き起こします。わが国ではLm食中毒は起きないと思う方は、食品を取り扱うべきではないと思われます。過去に、北米でハンバ-ガーなどによる腸管出血性大腸菌O157食中毒の悲劇が起こりました。その後、わが国ではカイワレ大根が原因とされたO157食中毒の悲劇が起こっています。

 

参考文献

1) E.J.S.Walter, et al.: Estimating the Number of Illnesses Caused by Agents Transmitted Commonly Through Food: A Scoping Review, Foodborne Pathogens and Disease, 18,841-858(2021)

2) 寺西大:リステリア症について考えてみよう、衛研ニュース No.173、神奈川県衛生研究所(2015)

3) 農林水産省:リステリア・モノサイトジェネス、食品安全に関するリスクプロファイルシート、:2016年10月14日、https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/jouhou_iken/pdf/28_sankou_3_2.pdf

4) 畑村洋太郎:やらかした時にどうするか、筑摩書房(2022)