培地学シリーズ12

2016.03.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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― 腸球菌選択培地<Enterococcus selective agar>

 

はじめに

Enterococcusという表現を世界で最初に論文に掲載したのは,1889年にフランスのThiercelinであり、彼により<腸由来の新しいグラム陽性双球菌>ということからEnterococcusと名づけられた。腸球菌はグラム陽性の球菌で、ランスフィールドの分類ではD群に属し代表的な菌種としてはEnterococcus faecalis,E.faeciumE.gallinarium E.casseliflavus,等がある。

食品や飲料水が非衛生的な取り扱いや水汚染、人畜の糞便汚染などによって病原菌に汚染されている可能性がないのかを病原微生物検査に代わりに検査する細菌群を衛生指標細菌という。一般細菌数、大腸菌群や大腸菌、腸球菌などが指標として一般に用いられる。

腸球菌はヒトや動物の腸管内に常在する細菌であり、乾燥に強く、外界での増殖率が低い、土壌や水の分布が大腸菌菌群に比べても低いことなどの理由から、大腸菌群、大腸菌の代替えとなり得る糞便汚染指標菌として重視されはじめている。(冷凍食品、飲料水の検査)

腸球菌選択培地としては、寒天培地としてはエンテロコッコセル寒天培地、M-エンテロコッコセル寒天培地、カナマイシン・エスクリン・アザイド寒天培地、KF連鎖球菌寒天培地、EF寒天培地、エンテロコッカス酵素基質添加寒天培地等があり、液体培地としてはSF培地、エンテロコッコセルブロス、m-エンテロコッコセルブロス、DOXエンテロコッカス培地等がある。

今回はこの中で最も一般的に使用されている“エンテロコッコセル寒天培地”について紹介する。

 

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エンテロコッコセル寒天培地(Enterococcosel  Agar、腸球菌選択培地)

エンテロコッコセル寒天培地は1970年にIsenbergらにより報告されたアジ化ナトリウム添加胆汁エスクリン寒天培地の改良された培地である。牛胆汁は腸球菌以外のグラム陽性菌の発育を抑制し、アジ化ナトリウムはグラム陰性菌の発育を抑制する。本培地に発育した細菌のうちD群連鎖球菌(腸球菌を含む)はエスクリンを加水分解することから暗褐色から黒色コロニーを形成する。

 

1.組成(精製水1000mlに対して) 

ゼラチン膵消化ペプトン  17g
獣肉ペプシンペプトン 3g
酵母エキス 5g
エスクリン 1.0g
クエン酸鉄アンモニウム 0.5g
クエン酸ナトリウム 1.0g
アジ化ナトリウム 0.25g
牛胆汁 10g
塩化ナトリウム 5g
寒天 15g

 

H 7.1±0.2

 

2.原理

選択剤(牛胆汁・アジ化ナトリウム)によりEnterococcus以外のグラム陰性菌、グラム陽性菌の多くは発育が抑制される。さらに本培地に発育したEnterococcusはエスクリンを分解するためにクエン酸鉄アンモニウムにより暗褐色から黒色のコロニーを形成する。

 

3.培地組成の役割

カゼイン膵消化ペプトン・獣肉ペプトン

細菌が発育するために必要な栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白質を分解する能力がないので、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化すると細菌が分解することができる。この蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う。

ペプトンの種類としてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等があるが、本培地では獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)及びカゼインペプトン(カゼイン膵消化ペプトン)が用いられている。獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れているために選択性の強い培地には必須のペプトンである。本培カゼインペプトンが主に使用されている。カゼインペプトンは経済的に優れているので基礎ペプトンとして使用されております。

酵母エキス

酵母エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるためにリステリア属菌の生育促進物質の目的で用いられている。

一般的な細菌が発育するためには必須の栄養素ではない。一般的にはペプトンの補助栄養剤として使用する。エキス類を添加することで不足した栄養分を補うことでエルシニア菌の発育を促進することができる。また細菌の酵素活性を上げる作用(補酵素作用)はビタミン類に豊富に含まれているためである。

エスクリン・クエン酸鉄アンモニウム

エスクリンが分解されるとエスクレチンとブドウ糖に加水分解され、産生されたエスクレチンと培地中の成分であるクエン酸鉄アンモニウムの鉄イオンと結合して暗褐色または黒色のエスクレチン鉄が形成される。これに対してエスクリン非分解菌はエスクレチン鉄が形成されないので無色のコロニーが形成される。したがってエスクリン分解菌と非分解菌が目視で鑑別できる。

牛胆汁

牛胆汁は①グラム陽性菌、酵母用真菌の発育を阻止(グラム陽性菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞外膜がないために界面活性剤により溶菌されるために発育ができない。グラム陰性菌はペプチドグリカン層が薄く、細胞外膜が厚いために溶菌されないために発育できます。)②プロテウスの遊走を阻止する。

クエン酸ナトリウム

牛胆汁は培地中で析出しやすい性質があるために、クエン酸ナトリウムで牛胆汁の溶解度を高める。

アジ化ナトリウム

グラム陰性菌の発育を抑制する目的で添加され、低濃度でも、グラム陰性菌の酵素活性であるペルオキシダーゼやアルカリフォファターゼ活性の阻害を受ける。但しアジ化ナトリウムの濃度が0.4g/L以上になると腸球菌の発育も抑制される。

塩化ナトリウム

菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。

寒天

寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。

 

4.使用法<直接分離培養>

①食品の10%乳剤を作成し、試料原液とする。

②試料原液0.1mlをエンテロコッコセル寒天培地に接種し、コンラージする。

③35℃、48時間好気性培養する。

④暗褐色、黒色のコロニーを釣菌し、成書に従い同定試験を実施する。

 

5.培地の限界

1. 腸球菌以外の菌種が良好に発育し、類似したコロニーを形成する。

Listeria monocytogenes、Streptococcus bovis group, Pediococci、Lactococci, Aerococci, LeuconostocsおよびLactbacilliは本培地に良好に発育し、Enterococciに類似したコロニーを形成する。<暗褐色から黒色のコロニー>

2. 腸球菌以外の菌属が発育する。

ブドウ球菌、カンジダ、ミクロコッカス、一部のグラム陰性桿菌が発育する。しかし、コロニーは小さいか、または痕跡程度であり、コロニーは無色であるために腸球菌との区別は容易である。

3. 糞便由来以外の腸球菌(環境由来)と糞便由来の腸球菌は共に発育する。

E.gallinariumE, casseliflavus, E.hirae, E.durans, E.liquefaciens等のD群連鎖球菌が良好に発育して暗褐色、または黒色のコロニーを形成する。従って成書に従って同定試験が必要である。→<E.faecalis,E.faeciumの選択培地ではない。>

              

参考文献; 

1)Iseberg.Goldberg,and Sampson. 1970. Appl.Microbiol.20:433

2)厚生労働省監修、{食品衛生検査指針 微生物編}社団法人日本食品衛生協会(2004)

3)Litsky,W,and Mallmann et al . 1953  Am.J.Public Health.  43,873-880

4)Hartman,P.A et al ,    1966  Appl.Microbiol..,8,253-289

5)堀江進 食品衛生学雑誌、1971 12,198-202

6)堀江進 食品衛生学雑誌 1974 15,105-109

7)坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988