培地学シリーズ11

2016.02.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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―エルシニア・エンテロコリチカ選択培地

 

はじめに

エルシニア・エンテロコリチカは昭和57年に厚生労働省によって新たに指定された食中毒菌である。ブタ、イヌ、サルなどの哺乳類の腸管や自然環境中に分布しており、汚染飲食物やペット動物から経口的に感染する。腹痛、下痢、発熱を起こす食中毒(急性胃腸炎)の他に虫垂炎、腸管膜リンパ節炎、回腸炎などの病型を示す。3歳以下の乳幼児では胃腸炎が多く、成人では他の病型が主で、結節性紅斑、関節炎も起こす。

 

エルシニアの名前はフランスの細菌学者Andre E.J.Yersinに因み名づけられ、エルシニア属にYersinia enterocoliticaY.psedotuberculosisY.pestisなどが属する。ヒトに病原性のあるY.enterocoliticaとしては血清群のO:3、O:5,27、O:8、O:9があるO:1、O:2群は動物には病原性があるが、ヒトには病原性がないとされている。従って、分離された菌株は生化学的性状試験による同定試験のみではなく、血清学的診断法による血清群別が必要となる。Y.enterocoliticaの選択分離培地としてはSS寒天培地、マッコンキ―寒天培地、CIN寒天培地、CAL寒天培地、Y寒天培地、クロムエルシニア寒天培地等などある。今回は我が国では、一般的に使用されているCIN寒天培地について紹介する。

CIN寒天培地(Cefsulodin-Irgasan-Novobiocin Agar

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CIN寒天培地はSchiemannにより開発された(1979年)Y.enterocoliticaの選択分離培地である。SchiemannはSS寒天培地、マッコンキ―寒天培地等との比較試験によると、①選択性の改良による検出率が高い。②基礎培地等の改良による回収率が優れていたと報告した。

我が国の食品衛生法ではCIN寒天培地が食品中のエルシニア・エンテロコリチカの分離用培地として掲載されている。

 

1.組成(精製水1000mlに対して)

ゼラチン膵消化ペプトン 10g
獣肉ペプシンペプトン 5g
牛肉エキス 5g
酵母エキス 2g
マンニット 20g
デソキシコール酸ナトリウム 0.5g
コール酸ナトリウム 0.125g
ピルビン酸ナトリウム 2g
塩化ナトリウム 5g
硫酸マグネシウム 10mg
中性紅 30mg
クリスタル紫 1mg
Cefsulodine(セフスロジン) 15mg
Irugasan(イルガサン) 4mg
Novobiocin(ノボビオシン) 2.5mg
寒天 15g

 H 7.4±0.2

2.原理

選択剤(デソキシコール酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、クリスタル紫、セフスロジン、イルガサン、ノボビオシン)によりY.enterocolitica以外のグラム陰性菌、グラム陽性菌の多くは発育が抑制される。さらに本培地に発育したY.enterocoliticaはマンニットを分解するために中性紅によりコロニー中心部が深赤色を示す。<雄牛の目>に似た、特徴的コロニーを形成するために本菌の鑑別が容易である。

3.培地組成の役割

ゼラチン膵消化ペプトン・獣肉ペプトン

細菌が発育するために必要な栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白質を分解する能力がないので、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化すると細菌が分解することができる。この蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う。ペプトンの種類としてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等があるが、本培地では獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)及びゼラチンペプトン(ゼラチン膵消化ペプトン)が用いられている。獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れているために選択性の強い培地には必須のペプトンである。本培地の特徴はゼラチンペプトンが主に使用されている点である。ゼラチンペプトンは最も炭水化物の含有量が少ないペプトンであることである。他のペプトン中に含まれる炭水化物の分解により誤判定が生じる危険性があるためである。本培地ではゼラチンペプトンを主ペプトンとして使用することにより、炭水化物(マンニット)の分解菌と非分解菌を明瞭に区別することできる。

牛肉エキス

牛肉エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるためにエルシニア菌の生育促進物質を補う目的で用いられている。牛肉エキスは、肉を水で浸出したものを(加熱して)濃縮したものである.濃縮時に熱による成分の変性が起こっており,高濃度で使用すると微生物の生育を阻害することがあるので,通常0.3–0.5%程度の濃度で使用される。

酵母エキス

酵母エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるためにリステリア属菌の生育促進物質の目的で用いられている。

一般的な細菌が発育するためには必須の栄養素ではない。一般的にはペプトンの補助栄養剤として使用する。エキス類を添加することで不足した栄養分を補うことでエルシニア菌の発育を促進することができる。また細菌の酵素活性を上げる作用(補酵素作用)はビタミン類に豊富に含まれているためである。

マンニット

マンニット(炭水化物)は①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別のために含まれております。従って本培地ではマンニット分解菌と非分解菌を区別することが可能である。

デソキシコール酸ナトリウム・コール酸ナトリウム

デソキシコール酸ナトリウムは胆汁酸塩の1種でアニオン界面活性剤であり、①グラム陽性菌、酵母用真菌の発育を阻止(グラム陽性菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞外膜がないために界面活性剤により溶菌されるために発育ができない。グラム陰性菌はペプチドグリカン層が薄く、細胞外膜が厚いために溶菌されないために発育できます。)②プロテウスの遊走を阻止する。

それ以外の胆汁酸塩としてコール酸ナトリウム、タウルコール酸ナトリウムが培地に利用されております。デソキシココール酸ナトリウムはこれらの胆汁酸塩の中では最も選択性が強いが、不安定であるため取り扱いに難があります。過剰な加熱や急激な温度変化で結晶化しやすいために、デソキシコール酸ナトリウムを培地に単品での使用はリスクがあります。その為にデソキシコール酸ナトリウム:コール酸=6:4の割合混合した胆汁酸塩が使用されます。

ピルビン酸ナトリウム

エンテロコリチカ菌の発育増強剤として、同時に損傷菌の保護物質として用いられている。

硫酸マグネシウム

マンニット分解活性の賦活剤として添加されている。(Mg、Caの2価カチオンは酵素活性の増強剤として使用される)

塩化ナトリウム

菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。

中性紅

中性紅はpHの変化によって変色する色素であり、pH指示薬と言う。変色域はpH6.8以下で赤色、pH8.0以上は黄色である。

クリスタル紫

クリスタル紫はグラム陽性菌、とくにブドウ球菌、腸球菌の発育を阻止する目的で添加されている

セフスロジン(Cefsulodine

第二世代のセフェム系抗生物質で抗緑膿菌剤である。セフスロジンは緑膿菌にのみ選択的に強い抗菌効果をもち、緑膿菌以外の細菌に対して抗菌効果が低い。試験材料中に存在する緑膿菌の発育阻止の目的で添加されている。

イルガサン(Irugasan

イルガサンはビスフェノール構造をもった抗菌・抗真菌作用を示す物質で手指消毒用石鹸など幅広く使用されている消毒薬に含まれている。作用機序は低濃度で細菌に吸着し、細菌の栄養成分の獲得を妨げ、高濃度では細菌の細胞質膜を破壊する。抗菌性としてはグラム陰性菌、グラム陽性菌に有効であるが、一部の(緑膿菌等)グラム陰性菌(エルシニア等)の中には効果が低いものがある。

ノボビオシン

大腸菌や枯草菌のDNAジャイレースを特異的に阻害する抗生物質である。ノボビオシンはATP依存性の反応だけを阻害する。抗菌域としてはグラム陰性菌、グラム陽性菌であるが、エルシニア・エンテロコリチカ菌には効果がほとんど認めない。

寒天

寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。

4.使用法<直接分離培養> 

①  食品の10%乳剤を作成し、試料原液とする。

②  試料原液0.1mlをCIN寒天培地に接種し、コンラージする。

③  25℃、48時間好気性培養する。

④  紅色・半透明のコロニーを釣菌し、成書に従い同定試験を実施する。

⑤  診断用免疫血清による血清群の試験を実施する。

5.培地の限界

1. エルシニア以外の菌種が発育する。

ほとんどの腸内細菌はCIN培地では発育が阻止されますが、Citrobacter freundii,,Serratia liquefaciens,Enterobacter agglomeransは発育阻止されない。これらの菌種はピンク色のコロニーを形成するので同定試験が必要である。

2. エルシニア・エンテロコリチカ菌以外のエルシニア属菌が発育する。

 エルシニア属のなかでYersinia frederikseni,Y.pseudotuberclosis.Y.intermediaは本培地ではコロニーを形成する。Y.enterocoliticaとの区別が必要である。

3.凍結保存された食品中に存在するエンテロコリチカ菌はCIN培地では発育不良です。

食品中の細菌は凍結や製造工程により細胞膜・細胞壁がダメージを受けると(損傷菌)発育が抑制または阻止される。特に本培地に含まれているデソキシコール酸ナトリウムには損傷菌は影響を受けやすいために発育が不良になります。PBSによる4℃による培養が必要になります。

4.Y.enterocolitica 血清群O3の発育が不良です。

CIN培地は多くのY.entericoliticaの血清群の発育は良好ですが、O:3群の発育については発育しないか、または発育が不良である。他の培地の併用が必要である。

 

 

参考文献; 

Schiemann,D.A  Can.J.Microbiol.35:1298-1304, (1979)

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坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988