培地学シリーズ10

2016.01.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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―腸管出血性大腸菌O157選択培地

 

はじめに

大腸菌は動物や人の腸内に常在して、ほとんどの大腸菌は無害である。このうち、下痢などをおこす一部の大腸菌を、病原性大腸菌と言う。病原性大腸菌は患者の症状と菌の病原因子により6つに分類され、このうち毒素を産生して出血をともなう下痢をおこすものを腸管出血性大腸菌という。

大腸菌は、細菌の表面の型などで分類されており、O157は157番目に発見された細胞の表面の型をもっているという意味である。

腸管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌)は赤痢菌が産生する志賀毒素類似のベロ毒素を産生し、激しい腹痛、水様性下痢、血便を特徴とし、特に小児、老人では溶血性尿毒症や脳症を引き起こす。

腸管出血性大腸菌O157選択分離用培地としてセフィキシム・亜テルル酸カリウム添加ソルビトールマッコンキー(CT-SMAC)寒天培地、BCM0157寒天培地、クロムアガーO157培地、クロムアガーO157TAM培地、CT-O157:H7ID寒天培地、レインボーアガーO157寒天培地などがある。今回は、CT-SMAC寒天培地が最も一般的に使用されているので紹介する。

 

CT-SMAC寒天培地(CefiximeTellurite-Sorbitol MacConkey agar

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1.特徴

1952年RapaportとHeningによって、病原大腸菌O111とO55の分離用培地としてソルビトール・マッコンキー寒天培地を開発した。

1991年にAdamsらがこの培地が腸管出血性大腸菌とO157:H7のベロ毒素産生大腸菌の検出に有用であると報告した。

さらに、1993年にZadikらにより、ソルビトールマッコンキー寒天培地に選択剤を添加したCT-SMAC寒天培地が開発された。

本培地の特徴は

①鑑別用の炭水化物を、マッコンキー寒天培地で使用している乳糖をソルビトールに変えたこと(大腸菌O157と他の大腸菌と区別が可能になったこと。<O157はソルビトール非分解、その他の多くの大腸菌はソルビトール分解する。)

②選択剤(セフイキシム・亜テルル酸カリウム)の添加により1)亜テルル酸カリウムによりO157以外の大腸菌の発育阻止と腸内細菌の発育抑制と2)セフィキシムによりプロテウスの発育を阻止したことである。

CT-SMAC寒天培地ではO157以外の多くの腸内細菌は赤色・混濁コロニーを大腸菌O157は無色(コロニーの中心部の褐色化)透明なコロニーを形成するために両者を目視で区別が可能である。

 

2.組成(精製水1000mlに対して)

 

 

ゼラチン膵消化ペプトン 17g
カゼイン膵消化ペプトン 1.5g
獣肉ペプトン 1.5g
D-ソルビトール 10g
胆汁酸塩 1.5g
塩化ナトリウム 5g
中性紅 30mg
クリスタル紫 1mg
寒天 15g
セフィキシム 0.05mg
亜テルル酸カリウム 2.5mg

pH 7.0±0.2

 

3.原理

ゼラチン膵消化ペプトン・カゼイン膵消化ペプトン・・獣肉ペプトン

細菌が発育するために必要な栄養素は、①窒素源②炭素源である。

細菌は蛋白質を分解する能力がないので、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化すると細菌が分解することができる。この蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う。

ペプトンの種類としてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等があるが、本培地ではカゼインペプトン(膵臓のパンクレアチン消化)と獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)及びゼラチンペプトン(ゼラチン膵消化ペプトン)が用いられている。

獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れているために選択性の強い培地には必須のペプトンである。本培地の特徴はゼラチンペプトンが主に使用されている点である。ゼラチンペプトンは最も炭水化物の含有量が少ないペプトンであることである。他のペプトン中に含まれる炭水化物の分解により誤判定が生じる危険性があるためである。

本培地ではゼラチンペプトンを主ペプトンとして使用することにより、炭水化物(ソルビトール)の分解菌と非分解菌を明瞭に区別することできる。

 

ソルビトール

培地中に含まれるソルビトールは①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別の目的である。

本培地ではソルビトール分解菌とソルビトール非分解菌を鑑別することが目的である。

即ち、O157はソルビトールは非分解(無色<中心部が褐色化>・透明であるのに対して他の大腸菌はソルビトールを分解(紅色・混濁)するために両者を区別できる。

 

胆汁酸塩

胆汁酸塩は

①グラム陽性菌、酵母用真菌の発育を阻止(グラム陽性菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞外膜がないために界面活性剤により溶菌されるために発育ができないがグラム陰性菌はペプチドグリカン層が薄く、細胞外膜が厚いために溶菌されないために発育できる。)

②プロテウスの遊走を阻止することである。

胆汁酸塩としてデオキシコール酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、タウルコール酸ナトリウムが培地で利用されるが、デオキシココール酸ナトリウムはこれらの胆汁酸塩の中では最も選択力は強いが、培地中では不安定な物質である。そのために過剰な加熱や急激な温度変化等で結晶が析出しやすい。本培地ではデオキシコール酸ナトリウム:コール酸=6:4の割合混合した胆汁酸塩を使用されるのが一般的である。

1.5g/Lの胆汁酸塩の含有量では大腸菌の発育には影響を受けないが2.0g/L以上になると大腸菌も発育抑制をうける。(サルモネラ・赤痢菌は8.5g/Lでも影響を受けない)

 

塩化ナトリウム

主として菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが、培養の初期段階ではそのバランスが崩れて、細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。

 

中性紅

中性紅はpHの変化によって変色する色素であり、pH指示薬と言う。

変色域はpH6.8以下で赤色、pH8.0以上は黄色である。培地に発育したグラム陰性桿菌のコロニーは乳糖・白糖分解菌は乳酸を産生するためにpH 指示薬である中性紅が赤変する。さらにデオキシコール酸ナトリウムは強酸性では不溶性のデオキシコール酸となり、中性紅と結合する。従って、混濁した赤色コロニーを形成する。乳糖・白糖を分解できない菌は培地中のペプトンの分解のみで、アルカリ性になるので、無色の透明のコロニーを形成する。

 

クリスタル紫

クリスタル紫はグラム陽性菌、とくにブドウ球菌、腸球菌の発育を阻止する目的で添加されている

 

寒天

寒天は培地の固形化剤である。原料は海藻であるテングサ、オゴノリである。細菌検査培地としてはオゴノリが原料として使用されている。(安価であるから)

寒天の主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適する。

寒天を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点と言うが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃である。これも寒天に混ぜる成分により変動する。良い培地か否かは寒天の品質が重要である。寒天の品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることである。

 

セフィキシム

第3世代のセフェム系抗生物質であり0.05mg/1000mlの低濃度では大腸菌の発育には影響しないが、プロテウスの発育は阻止できる。ソルビトール非分解のプロテウスの発育を阻止することが目的で添加されている。

 

亜テルル酸カリウム

2.5mg/Lの濃度ではO157の発育は阻止されないが、他の多くの大腸菌は発育が阻止される。

またソルビトール非分解のAeromonas spp. Plesiomonas spp.Morganella spp.Providencia spp.の発育を阻止する目的で添加されている。

 

4.使用法

①  選択増菌培地(mEC等)で42℃、22±2時間培養する。<#同時にサンプル溶解液を直接CT-SMAC寒天培地に接種する。>

②  培養液から10μlを採取し、CT-SMAC寒天培地に画線塗抹する。

③  36℃±1℃の孵卵器で18―24時間培養する。

④  発育したコロニーの中から無色・透明コロニーの有無を確認。

⑤  無色・透明コロニーについては成書に従いO157の同定をする。

 

5.培地の限界

1.大腸菌O157以外での大腸菌が無色・透明のコロニーを形成する。

通常の同定試験の結果、大腸菌であっても、セロビース分解試験、グルクロニダーゼ試験等の確認試験や血清型別試験、ベロ毒素産生試験等で確認することが必要です。

2.大腸菌O157以外のグラム陰性桿菌が無色透明のコロニーを形成する。

一部のプロテウス、赤痢菌、プロビデンシア、モルガネラ、ハフニア、緑膿菌が無色・透明のコロニーを形成することがある。

3、検体中の菌数が少ない場合は他菌のオーバーグロスにより検出できないことがある。

培地の選択性(O157以外の細菌を阻止する力)の問題で、一般的な大腸菌等の腸内細菌が多数存在し、大腸菌O157が少数の場合は検出できないことがある。本培地ではクレブシェラ、シトロバクター、エンテロバクター、O157以外の大腸菌が発育する。紅色―ピンクの混濁したコロニーを形成する。

4.食品中に存在する大腸菌O157の損傷菌は発育不良である。―冷凍保存

食品中のO157は凍結保存により細胞膜・細胞壁がダメージを受けると(損傷菌)本培地に含まれている胆汁酸塩・抗生物質の影響を受けやすいために発育が不良になる。選択剤の含まれないSMAC培地を併用する。

5.大腸菌O26、O111等の検査には不適である。

O26、O111等の腸管出血性大腸菌はソルビトールを分解するため他の大腸菌と区別不能、

さらに、本培地の亜テルル酸カリウムの含有量で発育が抑制されることがある。

 

参考文献; 

Rappport,F.&E.Hening J.Clin. Pathology 5:361-362 1952

Adams,S. Clin.Lab.Science 4 :1:19-20 1991

工藤由紀子ら:食品衛生研究、57:21-27 2007

Riley LW et al .: Infect.Immum.18:775-779  1977

島田俊雄:食品衛生検査指針 微生物編 日本食品衛生協会(2004)

友近健一:防菌防黴学誌、30:85-90 2002.

坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988