第91話 昆虫食の安全性確保

2021.10.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

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2021/10/1 update

 

  沢山の人々が、図1のように飢餓や栄養不良に苦しんでいます。持続的な食料生産・供給が必要ですが、地球環境の変化や社会活動などの影響を大きく受けています。国連は、飢餓を終わらせるためにも科学・技術のさらなる貢献が必要と報告しています。

 国連の示した7つの優先課題は、以下のとおりです。①飢餓を終わらせ食事内容を改善、②フードシステムのリスクをとり除く、③平等と権利を守る、④バイオサイエンスを強化、⑤資源を守る、⑥水棲食品原材料の持続可能性を確保、⑦デジタル技術の活用。

 

 

将来の食料、特に畜産や水産の在り方に関心が寄せられています。タンパク質の供給源として植物や微生物の利用とともに、昆虫の利用拡大が試みられています。図2は、わが国の徳島大学におけるコオロギの利用例です。

食用昆虫や昆虫成分を含む食品を、北米やヨーロッパでは、あまり人間が消費することはありませんでした。対照的に、わが国を含むアジア、アフリカ、ラテンアメリカの人々は大昔から、昆虫を食べてきました。欧州食品安全機関EFSAは、昆虫食を新規食品Novel Foodとして、市販前承認を要求しています。EFSAやカナダなどの報告を参考に昆虫食の安全性確保について考察してみましょう。

 

 

1)EFSAによる昆虫食の安全性評価

EUでは、1997年5月までにEUにおいて安全な食品として消費されていなかった物質ついて「新規食品に関する規則(Novel Foods Regulation)」を導入し、事前審査を始めました。新規食品には、EUではほとんど消費されていなかった食品および食品成分(食品添加物は除く)も含みます。EFSAは、この規則に従って①ミールワーム(図3)、②コオロギなどを、新規食品としての安全性評価を実施しています。概要は以下のとおりです。

 

1-1)EFSA報告:丸ごとのミールワーム(Tenebrio molitor larva)の冷凍及び乾燥品の安全性(参考文献1))

対象昆虫食は、ミールワームの冷凍及び凍結乾燥品で、丸ごとまたは粉末状にしたものです。冷凍品は主に、水分、粗タンパク質、脂質で構成されていたのに対し、凍結乾燥品は主に、粗タンパク質、脂質、炭水化物、食物繊維(キチン)でした。表1に安全性評価のために収集された情報やデータの分類項目を示しました。

 

 

表2には、ミールワームの乾燥粉末品のデータを微生物学的安全性評価の例として示しました。冷凍品、乾燥品のミールワームのデータにも問題は指摘されませんでした。

汚染物質の量は、飼料中に存在する汚染物質の量に依存することに注意すべきと記載されています。安定性については、安全上の懸念はないとされています。

ミールワームは、それだけを食べる食事性タンパク質源ではないことや、食品としての成分・組成、提案された使用条件などが考慮されました。この新規食品Novel Foodとしての摂取に栄養上などの不都合もなく、提出された毒性試験結果にも安全上の懸念はないと報告されています。

懸念事項として、ミールワームのタンパク質の感作が起こり、アレルギー反応を誘発する可能性はあり、甲殻類やダニに敏感な患者ではアレルギー反応を起こす可能性があると指摘しています。飼料由来のアレルゲンが含まれる可能性も指摘し、注意を促しています。結論として、提案された使用方法と摂取量で安全であると推測されています。

 

1-2)ヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)由来の冷凍及び乾燥品の安全性

対象昆虫食は、コオロギの冷凍品、乾燥品、粉末の3形態でした。汚染物質の濃度は昆虫の飼料中の汚染物質の存在量によることに注意する必要があると報告されています。安定性に関する安全上の懸念はありませんでした。申請者が提案した対象集団は一般人であり、摂取による栄養上の不都合は生じないとされています。

申請者から、遺伝毒性と亜慢性毒性試験結果が提出されませんでしたが、コオロギの摂取状況などが考慮されました。アレルギー誘発性には懸念が残されましたが、その他の安全上の懸念はないことを確認しています。

コオロギのタンパク質への一次感作を引き起こす可能性があり、甲殻類、ダニ、軟体動物にアレルギーのある患者ではアレルギー反応を引き起こす可能性があると指摘されています。飼料に由来するアレルゲンがこのコオロギ新規食品に含まれる可能性も指摘されています。

結論として、この新規食品は提案された使用方法と摂取量で安全であると推測されています。

 

2)カナダからの報告

わが国と同様、食用昆虫または昆虫を含む食品に関してカナダには、規制やガイドラインはありません。カナダの消費者が利用できる食用昆虫は、カナダで入手可能な他の食品と同様の衛生基準が適用されます。昆虫製品中のすべての残留農薬は、0.1mg/kgの一般的な最大残留農薬基準の対象となります。カナダの昆虫製品に含まれるヒ素、カドミウム、鉛、または水銀の許容レベルに関する規制はありません。

 

 

 CFIA(カナダ食品検査庁)は、カナダで入手できた食用昆虫の微生物学的および化学的ハザードの検査を行いました。表3に示した、乾燥昆虫または昆虫粉末の合計51検体について、大腸菌、およびサルモネラ属菌について検査を行いました。どの検体からも、大腸菌もサルモネラ属菌も検出されませんでした(検出限界100CFU/g)。

合計43検体(プロテインバー、粉末、小麦粉、および昆虫全体)とカイコの4検体(昆虫全体)が、最大511の農薬について分析されました。これらのうち、39検体は最大4つの農薬が検出されました。34のサンプルは基準内であり、5検体はカナダの基準を越えていました。

ヒ素、カドミウム、水銀、および鉛についても分析されました。ヒ素、カドミウム、鉛、水銀の陽性率は、それぞれ100、79、58、74%でした。検出された濃度は、ヒ素で0.030〜0.34mg/kg、カドミウムで0.031〜0.23 mg/kg、鉛で0.019〜0.059mg/kg、水銀で0.94〜28μg/kgの範囲でした。

大腸菌とサルモネラ属菌が検出されなかったことや、農薬と金属の検出率とその濃度に基づいて、分析されたすべての昆虫製品が人間の消費にとって安全であると判断されました。

この研究は、初めて行われた限定的な研究です。カナダ食品検査庁は、昆虫食品にも引き続き注目して行くそうです。

 

3)安全で高品質の昆虫食を

 EFSAの昆虫食の安全性評価でも、フードチェーンとしての農場から食卓までの安全性確保が必要であるとされています。安全な昆虫食が提供されても、食べ方が悪ければ、食中毒などが起こります。

昆虫の生食は避けるべきです。特に、生食や加熱不足される場合には、寄生虫や病原体に気を付ける必要があります。

 わが国では、一般衛生管理とHACCPによる食品の安全性確保が義務付けられています。昆虫食も例外ではありません。昆虫食が媒介する細菌性やウイルス性食中毒も起こる可能性はあります。


 図4は、サバクトビバッタの大発生を報じたニュースです。餌になるものは何でも食べてしまうので、人間の食料生産は壊滅的な被害を受けます。わが国では、イナゴを食べます。国際的にはトノサマバッタが食べられています。稲を食べるのがイナゴで、草を食べるのがバッタなので、イナゴの方が美味しいと古老から聞いたことがあります。サバクトビバッタは、美味しくないそうです。大量発生するサバクトビバッタなどを乾燥粉末化して、食品の原材料とし、調理加工して美味しく食べることはできないのでしょうか。

「安かろう、悪かろう」ではなく、高品質で衛生的な美味しい昆虫食を利用できるように、皆で工夫して、飢餓や栄養不良をなくしましょう。

 

参考文献:

1)Dominique Turck,et al.: Safety of frozen and dried formulations from whole yellow mealworm (Tenebrio molitor larva) as a novel food pursuant to Regulation (EU) 2015/2283
EFSA Journal 2021;19(8):6778 25 August 2021
https://www.efsa.europa.eu/en/efsajournal/pub/6778

2)Dominique Turck,et al.: Safety of frozen and dried formulations from whole house crickets (Acheta domesticus) as a Novel food pursuant to Regulation (EU) 2015/2283
EFSA Journal 2021;19(8):6779 17 August 2021
https://www.efsa.europa.eu/en/efsajournal/pub/6779

3)B.M. Kolakowski, et al.: Analysis of Microbiological and Chemical Hazards in Edible Insects Available to Canadian Consumers, J. Food Protection, 84(9), 1575–158, 2021.