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第90話 クロストリジウム属菌食中毒にも注意を

2021.09.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

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2021/9/1 update

   

 東京オリンピックは終わり、パラリンピックが始まりました。新型コロナウイルス感染症(COVID-2)は、終息へ向かう様子を見せません。皆さんの対応へのご苦労は、これからも続くと思われます。食中毒の本年(2021年)1月から6月末までの発生状況は、幸いにも図1の報道のように、例年よりも抑制的に推移しているようです。

 この現象はCOVID-2への対策を、国民各位が行ったことが結果的に良い結果として表れていると思われます。COVID-2は、飛沫・エアゾル感染や接触感染により感染が広がります。表1に、食中毒の原因となる主な細菌とウイルスの発症に関する型別を示しました。

 食品や容器包装が、COVID-2の発症原因となったという報告はありませんが、その対策は、表1の感染侵入型食中毒細菌やノロウイルスなどの対策にもなっていると思われます。感染毒素型や毒素型の食中毒菌対策にも貢献していると思われます。

 図1の報道でも指摘されていますが、感染毒素型食中毒菌であるウェルシュ菌(Clostridium perfringens )による食中毒の発生が懸念されています。7月17日には図2のように、毒素型食中毒であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum ) の毒素による食中毒が発生しています。クロストリジウム属菌による食中毒について考察してみましょう。

 

 

 

1) クロストリジウム属菌

  土壌などに広く分布している細菌であり、酸素がない状態で増殖します。酸素はこの属の菌には、有害に作用します。真空包装や脱酸素剤を使う場合には要注意です。また、生存に不都合な環境では、芽胞と呼ばれる厚い皮膜に包まれた形態に変化し、長期間生き延びることができます。芽胞になると、100℃・4時間以上の加熱にも耐える場合もあります。効果的な殺菌には、加熱・加圧蒸気による121℃・15分間などの高圧殺菌が必要です。芽胞は、環境条件がそろうと通常の菌体(栄養型細胞)に戻り増殖を始めます。

 食品衛生分野で注意すべきクロストリジウム属菌は、ウェルシュ菌(C. perfringens )と、ボツリヌス菌(C. botulinum ) と、わが国ではされています。欧米では、クロストリジウム・ディフィシル(C.difficile)にも関心が持たれています。

 

2)ウェルシュ菌(C.perfringens

 第81話のようにウェルシュ菌は、世界各地で食中毒の原因となっています。加熱に抵抗して生き残る芽胞を作ることが、その主な原因です。食中毒以外には、傷口からに侵入で感染し、感染の進行とともに創部の肉、組織の壊死、大量のガス発生、毒素による全身症状を起こす「ガス壊疸」があります。

 大量の食材を加熱調理することが多い学校などの給食での食中毒を引き起こすことがあります。給食病と呼ばれることもあります。この菌の増殖した食品を食べると、腸管内で芽胞に変わり、このとき毒素を産生し食中毒を起こします。この菌には「加熱済みの食品は安心」という常識が通用しないので注意が必要です。

 現在の学名はC.perfringensですが、以前はC.welchii とされていましたので、現在でも慣用的にウェルシュ菌と呼ばれています。

 

 

 表2には、2021年1月の始めから7月末までのウェルシュ菌食中毒の発生例を示しています。死亡報告はありませんが、12件も報告されています。患者数の合計は1054人であり、食中毒1件当たりの平均患者数は87人という多さです。

 

 

 図3には、最近発生した米国アラスカ州での病院のウェルシュ菌食中毒に関する報道を示しています。入院患者に発症者はいませんでしたが、病院関係者268名が発症しています。病因関係者が食べた、豚肉を使ったキューバ風サンドイッチが、原因食であろうと推定されています。

 

3)ボツリヌス菌(C.botulinum

 図2に示したのは、7月29日に熊本県の発表です。内容はボツリヌス毒素による食中毒が発生したというものです。死者はでていませんが、家族4名が発症していいます。夕食が原因だと推定されてています。ボツリヌス毒素による食中毒と表現されていますので、ボツリヌス菌は検出されていないようです。

 ボツリヌス食中毒は致死性の高い食中毒ですので、死者が出なかったことは不幸中の幸いでした。1984年には、9人の死者を出した事件が起こっています。原因食品は、熊本県で製造されたからしれんこんでした。お土産などとして長期間販売するため真空包装されたものでした。患者は全国的に広く発生しました。

 本菌は、怪我等による傷口から侵入して「創傷ボツリヌス症」も起こします。腸内細菌叢の整っていない乳児が、ハチミツなどをともに本菌を摂取して起こる「乳児ボツリヌス症」なども起こします。

 

 

 図4は、南アフリカで製造された野菜などの缶詰のリコールに関する報道です。製造された缶詰に不良品が見つかり、ボツリヌス食中毒の原因となる可能性が明らかになり、製品回収・リコールが行われました。リコールされる缶詰の数は2000万個にも及んでいるそうです。

 

4)ディフィシル菌(C.difficile

 クロストリジウム・ディフィシルは、我が国では食中毒菌として認識されていませんが、欧米では食事由来の下痢症と関係の深い菌とされています。図5に示したのは、スロベニアでの研究報告です。

 

 

 本菌が検出された食品は、肉類や生鮮野菜・果物でしたが、汚染率は低いと報告されています。

 本菌は、健康な人の糞便から分離される場合もありますが、腸内に常在している菌(常在菌)ではありません。欧米で心配されているのは、多く種類の抗生物質が効かない(耐性)菌として分離されることです。毒素産生型のディフィシル菌は、その毒素が腸管粘膜に障害を起こします。軽症では軟便、重症では激しい下痢、腹痛、高熱を伴う、円形に隆起した偽膜ができる偽膜性大腸炎を発症することがあります。薬剤耐性菌の場合は、治療が困難です。

 

5)おわりに

 わが国では生活環境が整い、衛生的な食生活が送れていますが、クロストリジウム属菌のリスクがゼロになっている訳ではありません。土壌等の環境に生存していますし、輸入職にとともに外国からやって来る場合もあります。

  破傷風の原因菌クロストリジウム・テタニ(C.tetani)もいます。この菌は、土の中に芽胞の形で存在しでいます。怪我をした場合などは、医学的に適切な処置を受ける必要があります。クロストリジウム属菌対策も、新型コロナウイルス対策と同様に忘れないようにしましょう。

 

参考文献:

1)FAO: COVID-19: Guidance for preventing transmission of COVID-19 within food businesses, Updated guidance, 02 August 2021
http://www.fao.org/documents/card/en/c/cb6030en/

2)M.ROSE-MARTEL,et al.: Exposure Profile of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Canadian Food Sources, J.Food Protection, 84, 1295–1303 (2021)

3)内閣府食品安全委員会:ウェルシュ菌食中毒-ファクトシート、平成30年11月13日
https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_clostridiumperfringens.pdf

4)内閣府食品安全委員会:ボツリヌス症-ファクトシート、平成30年2月13日
https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_10botulism.pdf