home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第13話 食中毒発症と腸管免疫

第13話 食中毒発症と腸管免疫

2015.04.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 4月7日は、世界保健機関WHOの「世界保健デー」です。今年のテーマは、「食の安全」です。世界各国の食中毒発生状況は、比較することが困難です。調査方法等が統一されていないからです。WHOを中心に国際的な調整が試みられています。我が国では厚生労働省が担当しています。2015年3月2日までに報告を受けた2014年の国内の食中毒の発生状況が公表されています。今回発表されたのは速報値ですが、表1に集計してみました。我が国では食中毒は診断した医師により保健所に届けられ、保健所の調査により食中毒であること確認されると厚生労働省に報告される受身的調査が行われています。細菌やウイルスなどの微生物による食中毒が多いのは、例年通りです。米国では医師からの報告だけではなく、疫学担当者によって、積極的に食中毒の探索・調査が行われています。能動的な調査が行われ,潜在的な患者や感染者数も含めた推定が行われています。我が国の食中毒患者数は,米国方式で推定すると,大幅に増えると思われます。

  

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1)腸管に到達した食中毒菌は

 微生物が原因となる食中毒は、大きく2つに分類されます。微生物が毒素を産生してしまった食品を食べた場合の毒素型食中毒と、食品には毒素が産生されてなくて食品とともに病原体を摂取してしまった感染型食中毒に大別されます。感染型食中毒では病原体が胃酸等に耐えて、腸管にたどり着くことが発症の前提となります。人の腸管には免疫システムがあり、病原体が腸管にたどり着いても食中毒症状が引き起こされずに健康状態が維持されることもあります。

  

腸管出血性大腸菌O157などの感染型の病原体が、図1に示した腸管の粘液層を通過し、粘膜上皮細胞に付着して増殖を開始することがあります。このようにして感染が成立し、病原菌が増殖し始めると免疫システムでも対応できずに、発病に至ってしまうことがあります。病原体により発病にいたるプロセスは異なる場合があります。病原体が腸管細胞表面にとどまり,細胞の機能に悪影響を与えることで下痢等を起すもの(腸管病原性大腸菌など),腸管細胞表面で毒素を産生し,毒素が腸管細胞内に入って細胞に悪影響を与えるもの(コレラ菌,腸管毒素原性大腸菌など)などがあります。腸管出血性大腸菌のように複数の発症機構を持ち,毒素が腸管細胞のみならず血流を通じて全身の組織に運ばれダメージを与えるものもあります。さらに,腸管上皮細胞に侵入し細胞内で増殖して細胞を破壊するもの(ノロウイルス,赤痢菌,サルモネラ属菌,腸管侵入性大腸菌)や,腸管細胞内にとどまらず腸間膜リンパ節にまで達するエルシニア属菌,さらには腸チフス・パラチフスのように血流に乗り全身感染を起すものもあります。リステリアやビブリオパルニフィカスなども日和見的に全身感染を起す食中毒菌です。

 

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2)腸管の免疫システム

 腸管内には、食べられた食品や病原体が入ってきます。腸内には多数の細菌が暮らしています。免疫系器官としては、図1のようにバイエル盤や絨毛にあるM細胞などの免疫組織が腸管内表面にあり、病原体や毒素・食品の分解物などを取り込んでいます。マクロファージや樹状細胞が、これらをさらに分解し、抗原としてT細胞に渡し、その抗原に特異的に結合するIgA抗体を産生するB細胞を増やしています。樹状細胞は分解処理して抗原をT細胞に提示して活性化T細胞を誘導します。腸管絨毛に存在するB細胞からIgA抗体が腸管内に分泌されて腸管内の病原体や毒素などを不活性化しています。また,渡された抗原情報の中で免疫反応を抑える必要がある場合は、樹状細胞から制御性T細胞に伝えられ記憶され,免疫反応は抑制されます。樹状細胞は同時に制御性T細胞を誘導し,T細胞を消去することも可能です。

 

 

3)免疫力という言葉に注意

万一,食中毒菌が腸管に侵入した時には,腸管の免疫システムが上手に対応して、食中毒が発症しないことが望まれます。「免疫力を高める」とうたった健康食品も販売されています。食中毒対策に役立ちそうですが,「免疫力」の定義があいまいです。免疫という言葉は、疫病(流行病)にかからないで済むことを意味しています。多くの人がある病気にかかっているのに、かからない人や軽症で済む人もいるという現象から、人間には病原体から体を守る仕組みがあることが認識されるようになりました。

 

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この現象を免疫と呼ぶようになりました。その後,免疫の仕組みは、疫病に対してだけでなく、異物、有毒物質から体を守るために働いている生体防御システムであるということが明らかになってきました。図2のように,人体に不利に働く免疫反応もあることも分かってきました。アレルギー反応や自己免疫疾患など免疫システムが,不都合を生じさせる場合もあることも分かってきました。

食中毒等に対する抵抗力を失わない生活を維持すると考えた方が良いようです。そのためには,食事だけではなく,良い眠りや適度な運動なども必要です。自分のことだけではなく,他人を思いやる気持ち(ビタミン愛)も維持する必要もあると思われます。

 

参考文献:

厚生労働省:2015年世界保健デーのテーマは「食品安全」、

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000078470.html

厚生労働省: 平成26年(2014年)食中毒発生事例(速報)

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html

八村敏志、腸管免疫系に特徴的な細胞群による免疫応答誘導と腸内共生菌と食品の作用、化学と生物、52,  814-818(2014)