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第111話 粉ミルクとサカザキ菌

2023.06.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2023/6/1 update

  

 

 

2022年2月に米国で、2名の乳児のサカザキ菌(Cronobacter sakazakii )感染症による死亡が表面化しました。図1は2023年3月の、再発防止対策の強化を求める記事です。原因は、育児用粉ミルクでした。

1年以上を経過しても、サカザキ菌感染症の米国疾病予防管理庁CDCへの発生全例の報告が、義務化されていないことへの意見表明です。サカザキ菌感染症の全数報告と対策の強化が要請されています。

この赤ちゃん達の死亡は、育児用粉ミルクが原因であり、製造工場の品質管理に疑問が持たれました。関連製品がリコール・製品回収されました。当該工場や関連工場の操業は点検のため停止され、北米では、育児用粉ミルクの不足が起こり、深刻な事態になりました。

図2は、新たにサカザキ菌が育児用粉ミルクから検出され、リコールされていることを知らせる5月15日の記事です。

 

 

1) サカザキ菌について

サカザキ菌は、わが国の故・坂崎利一博士が研究し、見出した細菌です。Cronobacter sakazakiiという学名は、自分の子どもが生まれるたびに食べてしまったというギリシャ神話の巨人クロノスCronosと、研究を行った坂崎Sakazaki先生にちなんで名付けられています。2007年に分類が見直されるまでは、Enterobacter sakazakiiと、命名されていました。

サカザキ菌は、植物や土壌から我々の腸内まで、広く環境に分布しています。乳児の髄膜炎や壊死性腸炎との関連が指摘されており、その多くは育児用粉ミルクのサカザキ菌の汚染によるものと考えられています。消化管の機能が未発達な乳児の血流に入り込み、全身に運ばれます。敗血症を引き起こし、炎症によって血管の壁から血液が漏れ出して、心臓や腎臓など複数の臓器が機能不全になってしまいます。脳や脊髄を覆う髄膜に侵入した場合は、一命を取り留めたとしても、けいれん発作、認知機能障害、発達の遅れなどを引き起こすこともあります。

サカザキ菌は、いわゆる日和見感染菌です。乳児以外では感染したり、発症したりすることはないようです。免疫機能が低下している場合には、乳児ではなくても発症する可能性はあります。

 

 

 

  表1にサカザキ菌の特徴を示しています。図3のように、棒状の桿菌で、運動性のある鞭毛を持っています。芽胞を持たない細菌ですが、耐久性がとても強く、2年間も放置された粉ミルクの中での生残を確認されたこともあるそうです。

高温や高圧といったストレスに抵抗するタンパク質を持っています。広く環境に分布している上に、環境抵抗性が強いことから、乾燥食品であっても油断は禁物です。特に乳幼児用食品では、注意が必要です。植物素材の乳児用調製ミルクも、サカザキ菌の汚染の可能性からリコールされています。

サカザキ菌は、環境の水分や栄養素が増えてくると増殖を開始し、バイオフィルムを形成するなどして環境に順応し、菌数を増やして行きます。バイオフォルムを作ると環境に、さらに柔軟に適応できるため、殺菌消毒もより困難になってしまいます。

育児用調製粉乳の製造工場は、サカザキ菌対策を強化することも必要であり、その一方で、消費者もサカザキ菌の特性を良く理解して、授乳用ミルクを清潔に調整する必要があります。特に、粉乳を溶かすお湯の温度は70℃以上を厳守し、適温に冷ましてから、乳児に与えます。溶かしたミルクは保存することなく、用事調整するようにしましょう。

 

2) 育児用粉ミルクの不足 

2022年の初め、米国でサカザキ菌に汚染された粉ミルクを摂取した2人の乳児が死亡していたことが明らかになりました。当該粉ミルクを製造していた企業は大規模なリコール(自主回収)を実施し、工場の操業を停止しました。

 粉ミルクは、赤ちゃんの死亡が明らかになる以前から、新型コロナウイルス感染症によるサプライチェーンの混乱により、不足していました。死亡事故とその後の粉ミルクのさらなる不足は、米国の食品安全対策の弱点を表面化させました。米国食品医薬品庁FDAは、以前から育児用粉ミルクの品質に不安を感じていたまま、不作為に放置していたのではないかと、不信感を持たれています。

 わが国でも、こども家庭庁の創設など、少子化対策が強化されています。サカザキ菌のような日和見感染症病原体の対策も、見直す必要があります。育児用粉ミルクなどのサカザキ菌を含む品質管理と、万一の事態に備えた消費者への警告やリコール(製品回収)の整備を再確認する必要があります。大量生産されている粉ミルクの生産が止まり、製品回収されたときの、代替品の確保も必要です。

サカザキ菌は、坂崎先生の努力により実態が明らかにされました。赤ちゃんに健康被害が生じないようにしたいものです。小生は、1996年に全国で発生した腸管出血性大腸菌O157感染症の対策研究リーダーの一人を務めました。坂崎先生がアドバイザーでした。「国際的に通用するデーターを出しなさい。井の中の蛙だと、茹で蛙になるよ」と、適切な指導を受けたことが思い出されます。

 乳幼児は免疫系などの身体機能が未発達です。日和見感染菌を含む病原体への抵抗性は低く、手厚いお世話が必要です。食品安全分野でも、過去の経験を活かしましょう。図4と5は、忘れてはならない過去の悲しい経験です。

 

 

 

乳児も幼児も免疫機能が整っていません。育児用粉ミルクの品質管理は、極めて重要です。わが国を含め、全世界の赤ちゃん達に安全な粉ミルクを飲ませてあげたいものです。

 

参考文献:

1)粉ミルク汚染で乳児が死亡、細菌クロノバクター・サカザキとは、National Geographic, 日本語版、2022年6月21日

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/061700271/

2) 中村寛海ら:粉末状乳幼児食品におけるエンテロバクター・サカザキ(クロノバクター属菌)の消長、大阪市立環科研報告 平成22年度 第73集,15~22 (2011)

3) 内閣府食品安全委員会:「自ら評価」の案件候補について、第38回企画等専門調査会、 2023年1月26日、

https://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20230126ki1

4) Council Supporting CDC Will Vote on Making Cronobacter a Nationally Notifiable Disease, Food Safety Magazine, 2023年5月8日、

https://www.food-safety.com/articles/8574-council-supporting-cdc-will-vote-on-making-cronobacter-a-nationally-notifiable-disease

5) Baby formula recalled over concerns of Cronobacter contamination, Food Safety News, 2023年2月20日、 

https://www.foodsafetynews.com/2023/02/baby-formula-recalled-over-concerns-of-cronobacter-contamination/