培地学シリーズ25

2017.04.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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サルモネラ選択培地 クロム・サルモネラ寒天培地

はじめに             

サルモネラ選択培地は①硫化水素産生能用いた培地(DHL寒天培地等)②硫化水素産生能を用いていない培地(BGA寒天培地等)③酵素基質を用いた培地(CSA寒天培地等)の3カテゴリーに分類されている。このうち①の硫化水素産生能を利用したDHL寒天培地についてはバイオシータ培地学シリーズ4,②についてはブリリアント緑寒天培地(BGA)についてバイオシータ培地学シリーズ24で紹介した。③の酵素基質を用いた培地としてABC agar,COMPASS agar,クロムアガー・サルモネラ寒天培地(CAS agar),SM ID agar などがある。今回はこのうちクロムアガー・サルモネラ寒天培地(CAS agarを紹介する。

 

クロムアガー・サルモネラ寒天培地(CHROMagarSalmonella agar

 

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1.原理

本培地は1990年にRambachによって、ヒトの糞便からサルモネラ菌を検出する選択分離培地として開発された。<従来のサルモネラ菌の選択培地は低い特異性、分離後の同定検査の煩雑性、検査所要日数等で問題があった。>これらの問題を特異酵素を利用することにより改善されたサルモネラの菌の選択分離培地がクロムアガー・サルモネラ寒天培地である。

サルモネラ菌と他の細菌を区別するために特異酵素基質のX-galmagenta-caprylate,が用いている。即ちX-galは多くの腸内細菌が分解できるために青変する。しかし、サルモネラ菌はX-galを分解できないために青変しない。サルモネラ菌はエステラーゼ能を有するため培地中のプロピレン・グリコールを分解時に産生されるエステラーゼによりmagenta-caprylateが分解されるためにムーブ色に変化する。他の細菌はこのエステラーゼ活性を有していないために分解されない。従ってサルモネラ菌は本培地に発育するとムーブ色(ピンク)コロニー周囲がハロー他の腸内細菌は青色コロニーを形成する。さらに、一部の大腸菌、プロテウス菌・緑膿菌はサルモネラ菌に類似したコロニーを形成するため、これらの細菌の発育阻止剤としてノボビオシン・セフスロジンの抗生物質が、さらにグラム陽性菌の発育を阻止するために胆汁酸塩が用いられている。

 

組成(精製水1Lあたり) 

 

酵母エキス      3.0g
獣肉ペプトン 5.0g
カゼイン膵消化ペプトン  5.0g
乳糖  10.0g
胆汁酸塩  2.0g
クエン酸ナトリウム 2.0g
X-gal 0.05g
IPTG 0.1g
Magenta-caprylate   0.05g
プロピレン・グリコール  1.0g
ノボビオシン  5.0mg
セフスロジン  12.0mg
塩化ナトリウム 5.0g
寒天 15.0g

pH7.2±0.2

 

 

培地組成の役割

酵母エキス

酵母細胞の自己消化物水溶性抽出物である。一般的な細菌が発育するためには必須の栄養成分ではないが、基礎培地の発育補助栄養剤として使用される。エキス類は不足した栄養分を補うことで目的の細菌の発育を促進する。本培地では胆汁酸塩による発育抑制作用を緩和する。

獣肉ペプトン・カゼイン膵消化ペプトン

細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白分解酵素をもたないために、タンパク質をポリペプチドやペプチドまで分解しないと栄養素として利用できない。獣肉ペプトンは他のペプトンに比べてトリプトファンに乏しいが含硫アミノ酸が多い。またビタミンや発育因子が多いことが特徴である。カゼイン膵消化ペプトンはカゼインを豚の膵臓のパンクレアチンを用いて消化したペプトンである。原料が安価なカゼインを使用して作成されるために経済的に優れているために基礎ペプトンとして多くの培地に用いられている。

乳糖

培地中に含まれる乳糖は①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別の目的である。本培地では乳糖分解菌と非分解菌を鑑別することが目的である。即ち、サルモネラは乳糖非分解であるのに対して他の腸内細菌の多くは、乳糖を分解するために両者を区別できる。乳糖分解菌は分解時にβガラクトシダーゼを産生するが、乳糖非分解菌は産生されない。

胆汁酸塩・クエン酸ナトリウム

胆汁の抽出物を含み、グラム陽性菌(ブドウ球菌、腸球菌等)、酵母様真菌(カンジダ)の発育阻止剤として用いられる。胆汁酸塩は培地では溶解度が低いために保存中に析出しやすい。クエン酸ナトリウムは析出を防ぐ目的で添加することが必須である。

X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl β―D galactopyranoside

ガラクトトースと置換インドールから構成される有機化合物である。β―ガラクトシダーゼにより分解されると青変する。(無色から青色)

IPTG(Isopropyl be-ta D-1-thiogalactopyranoside)

アロラクトースの類似体で、ラクトースオペロンの転写を誘導する。ラクトースリプレッサーに結合してその働きを阻害し、ラクトースを分解するβガラクトシダーゼの発現を誘導する。したがってX-galを含んだ培地には必ず使用する。

Magenta-caprylate(5-bromo-4-chloro-indoxyl-caprylate)

エステラーゼの基質となる発色剤である。プロピレン・グリコールがサルモネラ菌によって分解されると産生される酵素により分解されると、ムーブ色(ピンク色)に発色する。

(無色からムーブ色(ピンク))

プロピレン・グリコール(propylene glycol

プロパンー1,2-ジオールのことで、CH3CHOHCG2OHで表される有機化合物で、中央の炭素はキラル中心であるため1対の鏡像異性田体が存在する。保湿や乳化などの様々な用途に使用されている。腸内細菌ではサルモネラ菌が分解できるために鑑別の指標として特異性が高い。

ノボビオシン

大腸菌や枯草菌のDNAジャイレースを特異的に阻害する抗生物質である。ノボビオシンはATP依存性の反応だけを阻害する。抗菌域としてはグラム陽性菌、プロテウス・大腸菌などのグラム陰性菌(サルモネラ菌はこの濃度では発育阻止されない)

セフスロジン

第二世代のセフェム系抗生物質で抗緑膿菌剤である。セフスロジンはとくに緑膿菌に対して抗菌効果が高い。試験材料内に存在する緑膿菌の発育阻止剤として使用されている。

塩化ナトリウム

菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。

寒天

培地の固形化剤である。原料は海藻である天草・オゴノリである。培地用としては主としてオゴノリが利用されている。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌によって分解されにくい構造となっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をそのなかに保持できる。

 

4.<定量培養> #定性法で陽性の場合は実施する

①食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。

②各希釈段階の 0.1 ml をCAS寒天培地上に滴下し、コンラージ棒で均等に広げる。

③37℃で24時間培養する。

⑨  ムーブ色またはピンク集落の数をカウントし、1g 当たりの菌数を算出する。

注:サルモネラが疑われたコロニーは生物化学的性状試験、血清学的試験により同定する。

 

5.培地の限界

① 一部の赤痢菌が発育し、ピンク色コロニーを形成する。

Shigella dysenteriae はサルモネラ同様のピンク色コロニーを形成する。他の赤痢菌(S.flexneri,S.sonnei,S.boydii))は青色コロニーを形成する。<偽陽性>

② 一部のサルモネラ菌で青色コロニーを形成する。

Salmonella arizonaeの一部の菌で青色コロニーを形成する。<偽陰性>

③ サルモネラ菌以外の細菌が発育しピンクコロニーを形成する。

アシネトバクター・カンジダ・シトロバクター・エンテロバクターが発育してピンク色コロニーを形成することがある。(本培地では発育が多少抑制されるが、)<偽陽性>

④ 細胞損傷を受けたサルモネラ菌の発育が不良である。

損傷菌が疑われた場合は液体培地で前培養後に本培地を使用する必要がある。とくに試験材料が食品の場合は乾燥、冷凍・冷蔵等のストレスを受けているために注意が必要である。

 

参考文献

1.Kuristensen.Lester 1925. Br.J.Exp.Pathol. 6:291

2.Kauffmann.  1935. Z.Hyg.Infektionskr. 117:26

3. Harvey R. W. S., Price T. H. and Hall L. M. (1973) J. Hyg. Camb. 71. 481-

4.Gaillot,O.et al.1999 J.Clin.Microbiol,37:762-765

5.Rambach.A. 1990 Appl.Environ.Microbiol.56:301-303

6.Gruenewald,R 1991  J.Clin.Microbiol.29:2354-2356

7.J.M.Perez et al 2003  J.Clin.Microbiol 41:1130-1134

8.阪崎利一:新細菌培地学講座 近代出版 1988

9.酵素基質についてhttp://2013.igem.org/Team:ETH_Zurich/Experiments_3