培地学シリーズ24

2017.03.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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サルモネラ選択培地 ブリリアント緑寒天培地(BGA Agar)

はじめに             

サルモネラ選択培地は①硫化水素産生能用いた培地(DHL寒天培地等)②硫化水素産生能を用いていない培地(BGA寒天培地等)③酵素基質を用いた培地(CSA寒天培地等の3カテゴリーに分類されている。このうち①の硫化水素産生能を利用したDHL寒天培地についてはバイオシータ培地学シリーズ4で紹介した。今回は硫化水素産生能を鑑別で使用していないBGA寒天ないお培地について紹介する。ブリリアント緑寒天培地は食品等の検体からチフス菌、パラチフス菌以外のサルモネラ菌分離用の選択培地である。

本培地は英国のKristensenらが考案した培地をドイツのKauffmanが改良した培地でAmerican Public Health Associationの食品試験用培地に準拠した組成である。USPによっても指定されている。

ブリリアント緑寒天培地(Brilliant Green Agar

 

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1.原理

ブリリアント緑はグラム陽性菌の発育を阻止し、さらにサルモネラ菌以外の多くのグラム陰性菌の発育を阻止する。pH指示薬であるフェノール赤は培地中の乳糖または白糖の両者またはいずれかが分解する細菌では酸が産生するために、発育したコロニー周囲が黄緑色のコロニーを、サルモネラ菌は両糖を分解できないので赤色帯に囲まれた白色または赤色の混濁したコロニーを形成する。

 

2.組成(精製水1Lあたり)

 

牛肉エキス 3.0g
獣肉ペプトン 5.0g
カゼイン膵消化ペプトン 5.0g
乳糖 10.0g
白糖  10.0g
塩化ナトリウム 5.0g
フェノール赤 0.08g
ブリリアント緑 12.5mg
寒天  15.0g

 

pH6.9±0.2

 

 

培地組成の役割

牛肉エキス

牛肉エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるために生育促進物質を補う目的で用いられている。牛肉エキスは、肉を水で浸出したものを(加熱して)濃縮したものである.濃縮時に熱による成分の変性が起こっており,高濃度で使用すると微生物の生育を阻害することがあるので,通常0.3–0.5%程度の濃度で使用される。

獣肉ペプトン・カゼイン膵消化ペプトン

細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白分解酵素をもたないために、タンパク質をポリペプチドやペプチドまで分解しないと栄養素として利用できない。獣肉ペプトンは他のペプトンに比べてトリプトファンに乏しいが含硫アミノ酸が多い。またビタミンや発育因子が多いことが特徴である。カゼイン膵消化ペプトンはカゼインを豚の膵臓のパンクレアチンを用いて消化したペプトンである。原料が安価なカゼインを使用して作成されるために経済的に優れているために基礎ペプトンとして多くの培地に用いられている。

乳糖・白糖

培地中に含まれる乳糖・白糖は①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別の目的である。本培地では乳糖分解菌や白糖分解菌と乳糖・白糖非分解菌を鑑別することが目的である。即ち、サルモネラは乳糖、白糖ともに非分解であるのに対して他の腸内細菌の多くはいずれかの糖または両方の糖を分解するために両者を区別できる。

塩化ナトリウム

菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる

フェノール赤

pH指示薬であり、培地のpH6.6以下では黄色、pH8.0以上では赤色に変色する。即ち乳糖、白糖などの炭水化物が分解されると培地pHは約4.0以下になるために黄色に変色する。逆に炭水化物が分解されない場合はペプトン分解によるアルカリ化のみのために赤色に変色する。

ブリリアント緑

ブリリアント緑は水溶液が鮮やかな緑色を呈する色素、酸塩基指示薬でもあり、酸性では黄色、塩基では青緑色を呈し、グラム陰性、陽性菌の発育を阻止する。しかし、チフス菌・パラチフス菌以外のサルモネラ菌は阻止されない。赤痢菌の発育が阻止される。

寒天

培地の固形化剤である。原料は海藻である天草・オゴノリである。培地用としては主としてオゴノリが利用されている。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌によって分解されにくい構造となっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をそのなかに保持できる。

 

4.<定量培養> #定性法で陽性の場合は実施する

①食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。

②各希釈段階の 0.1 ml をブリリアント緑寒天培地上に滴下し、コンラージ棒で広げる。

③37℃で24時間培養する。

⑨  赤色または白色集落の数をカウントし、1g 当たりの菌数を算出する。

<*同定が必要です。>

 

5.培地の限界

① チフス菌・パラチフス菌は発育しない。

チフス菌・パラチフス菌は本培地の選択物質であるブリリアント緑により発育が阻止される。これらの一部のサルモネラ菌の検出用には適さない。

② サルモネラ菌以外の細菌が赤色コロニーを形成する。

 プロテウス、緑膿菌等の乳糖・白糖非分解菌が発育し、サルモネラ菌と類似したコロニーを形成する。赤色コロニーを形成しても同定試験が必要である。

③ サルモネラ菌以外の細菌が黄緑色コロニーを形成する。

 大腸菌、エンテロバクター、クレブシェラ等の細菌は本培地では発育が多少抑制されるが、

 黄緑色のコロニーを形成する。ただしこれらの発育した菌はコロニーの色でサルモネラとは区別ができる。(これらの細菌(大腸菌)の発育を抑制する目的で本培地にスルファピリジン等の選択剤を添加することができる。)

 

参考文献

    1. Kuristensen.Lester 1925. Br.J.Exp.Pathol. 6:291
    2. Kauffmann.  1935. Z.Hyg.Infektionskr. 117:26
    3.  American Public Health Association (1976) Compendium of Methods for the Microbiological Examination of Foods. APHA Inc. Washington D.C.
    4. Downes and Ito (Ed.) Standard Methods for the Examination of Water and Wastewater,20th Ed APHA Washington D.C.
    5. Osborn W. W. and Stokes J. L. (1955) Appl. Microbiol. 3. 295-301.
    6. The United States Pharmacopaeia USP 28 2005.
    7. Harvey R. W. S., Price T. H. and Hall L. M. (1973) J. Hyg. Camb. 71. 481-
    8. 阪崎利一:新細菌培地学講座 近代出版 1988