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第95話 WHOとカナダからの食品安全に関する報告

2022.02.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2022/2/1 update

  

 人間は従属栄養動物です。食べなければ、生命を保つことはできません。食品は、食塩などのわずかの例外を除いて、生物由来です。地球上には、約79億人が暮らしています。しばらくの間、人口は増え続けると予測されています。

 世界保健機関WHOは、人類の食品の安全性を確保ために「食品安全の世界戦略」を策定し、updateを試みています。昨年12月に改訂案が発表されました。

食料自給率が低い日本国は、地球全体から食品を集めて食生活を営んでいます。WHOの改定案は、世界保健総会WHAで承認されれば、これからの食品の安全性確保の国際的な指針となります。

 現在、コロナ禍に世界中が苦しんでいます。図1は、コロナ問題発生後の食品工場の改善の一例です。カナダからの「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と食品や容器包装」に関する報告も含めて食品安全対策を考えてみましょう。

 

1)WHOからの報告

 人類は、安全な食品がなければ、すでに絶え果てていたことでしょう。安全で栄養価の高い健全な食品を入手できることは、基本的な人権です。各国政府は、この権利を確保するため、食品のリスク管理を行い、安全基準を満たしていることを保証しなければなりません。 国際的な食品規格は、 Codex規格です。国連食料農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で、食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission)を運営し、策定しています。

食品の原材料の生産から消費までのフードチェーンは、地球全体に広がっています。現在では宇宙開発の一環として、地球外の宇宙ステーションでの食品の生産も試みられています。今日の食品の調達システムは、急速に変化しています。変化し多様化するフードチェーンと消費される食品の安全性確保は、容易ではありません。 

 

 

 

 食品は、前世紀には予想もできなかった方法で生産、管理、供給、消費されています。 食品の安全を向上させるためには、各国の食品安全性の確保システムを最適化すると同時に、国内および国際的な協力体制を向上させることが必要です。世界・宇宙をも視野に入れ、なおかつ各地域に適した新しい取り組みが必要です。

  WHOは各国の協力を得て、2022年から2030年を見据えて「食品安全のための世界戦略」の検討を続けていました。2021年12月8日、改訂案を取りまとめました。表1と2に、改訂案の構成を分けて示しました。

食品安全のWHO世界戦略2022 – 2030 (案) Draft WHO Global Strategy for Food Safety 2022-2030,
https://www.who.int/publications/m/item/draft-who-global-strategy-for-food-safety-2022-2030。

 

2)カナダからの報告

 COVID-19の病因物質は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)です。食品やその容器・包装によって媒介されたという説が、憶測として流布されました。特に、冷凍食品は低温下(国際的には-18℃以下)で流通され、ウイルスが混入すると不活性に長時間を要することから、SARS-CoV-2を媒介するのではないかと心配されました。

 食品取扱施設では、ノロウイルスや食中毒菌対策が実施されています。さらに、 SARS-CoV-2は、 COVID-19は呼吸器ウイルスであり、食品やその容器・包装が媒介してCOVID-19を発症したという報告はありません。食品を介したSARS-CoV-2の感染の可能性は低いものの、理論的には可能であると考えられます。カナダ政府は、この問題に取り組み、消費者の懸念に応えています。

カナダの食品を消費する場合の、SARS-CoV-2の曝露(摂取)の可能性の曝露評価を実施しました。動物由来の汚染食品、その他の汚染された生鮮食品、媒介物、SARS-CoV-2で汚染された糞便など、SARS-CoV-2による食品汚染の関連性があると考えられる曝露経路について調査し、解析しました。ヒトの消化管を介したCOVID-19発症の可能性も考察されました。

 

 

 図2はSARS-CoV-2が、食品取扱施設で食品あるいはその容器包装に付着した場合を想定しています。食品取扱施設で付着したウイルスが不活性化せずに消費者に到着し、さらに体内に取り込まれて感染が成立し増殖が起こることが仮定されています。このフローに沿って様々な検討が行われました。

 調査では、SARS-CoV-2の食品媒介感染が発生したという証拠は見いだせませんでした。したがって、図2のような食品やその容器包装が媒介したSARS-CoV-2によってCOVID-19を発症する可能性は、理論的にはありえても、実際には極めて低いと推察されています。実際のフードチェーンでは、食品の安全性確保のためのGHP(適正衛生規範)とHACCPの遵守により、SARS-CoV-2の食品や容器包装への移行も防ぐことができます。食品の安全性確保は、SARS-CoV-2対策にも貢献しています。COVID-19対策のために、さらに食品安全対策を強化する必要はないと考えられています。

図2は、SARS-CoV-2の曝露とフードチェーンへ影響の可能性について検討した結果を示しています。食品やその容器包装によってSARS-CoV-2が媒介される心配などに対応しながら、食生活を続けて行くことになります。リスクを適切に評価して行く必要があります。定性的な憶測に振り回されずに、量的なウイルスの挙動の解明を参考にする必要があります。

 

 

図3には、フードチェーンにおけるSARS-CoV-2の挙動をより正確に理解するために解明が望まれる項目が整理されています。これらについて研究開発を行うには、マンパワーと資金等が必要です。わが国の食生活の健全な、「ムリ、ムダ、ムラ」のない発展のためにも、科学技術の底上げと国際的な協力、貢献が期待されます。

 

わが国は資源が豊かとは言えない国ですが、工夫を続けて飢えのない豊かな生活を続けてきました。図4は、2021年版の国連のハンガーマップと1915年に出版された新渡戸稲造の文書です。第1次世界大戦後の1920年に設立された国際連盟の事務次長を務めた新渡戸の書き残した文章です。

食料不足やスペイン風邪と呼ばれた疫病に苦しみ、二度と戦争を起こさないようにと設立された国際連盟でした。新渡戸らの思いを受け継いで、飢えや疫病のない生活を送りたいものです。

 

参考文献:

1) WHO: Draft WHO Global Strategy for Food Safety 2022-2030, December 5, 2021,
https://www.who.int/publications/m/item/draft-who-global-strategy-for-food-safety-2022-2030

2) A. Locas et al.: Comprehensive Risk Pathway of the Qualitative Likelihood of Human Exposure to Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 from the Food Chain, J. Food Protection, 85, 85–97, 2022, 
https://doi.org/10.4315/JFP-21-218

3) M. Rose-Martel et al.: Exposure Profile of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Canadian Food Sources, J. Food Protection, 84, 1295–1303, 2021
https://doi.org/10.4315/JFP-20-492

4) Z. Ming et al.: Prevalence of SARS-CoV-2 Contamination on Food Plant Surfaces as Determined by Environmental Monitoring, J. Food Protection, 84, 352–358, 2021
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/haccp/h_pamph/pdf/5s_codex_h2710.pdf