home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第85話 非常食の準備も忘れずに

第85話 非常食の準備も忘れずに

2021.04.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2021/4/1 update

 

早いもので東日本大震災(2011年3月11日)から、10年が過ぎました。14時46分頃に三陸沖で地震が発生し、マグニチュード9.0ものエネルギーを放出し、多くの犠牲者を出しました。当時、小生は北海道に住んでいましたが、東京に出張していました。帰宅困難者となりましたが、おかげさまで、避難所(小学校)に泊めていただくことができました。図1は、その時にいただいた非常食です。非常食について考えてみましょう。

 

 1) 災害用非常食

図1の左側のビスケットは、真空包装されたものでした。右側はクラッカーでした。図2は、いただいたクラッカーの外側のアルミ・ラミネート包装を開いた時の様子です。食品衛生や保存の技術が見事に活用されていました。焼いて水分活性を低下させたクラッカーを、通気性のないハイバリアー性のフィルムを使い、脱酸素剤を封入して脱気包装し、さらにアルミ・ラミネートフィルムで遮光包装もされていました。

2011年の東日本大震災当時と現在では、災害等による避難の在り方も違っています。2020年から我が国でも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延しています。 COVID-19対策として、三密を避けることが必要になりました。災害時に避難所だけに人が集中しないように、安全な場所に分散して避難することが必要になっています。

 分散避難には、日常における避難先候補の確認や情報の収集が大切です。災害が差し迫ってから、あるいは発生してから避難先や避難方法、非常食を考えたのでは良い結果にはなりません。あらかじめハザードマップなどで居住地や関係先の立地や特徴を把握し、頼れる人や組織を確認し、連絡先をメモしておくなどの準備が必要です。

 状況にもよりますが、自宅避難、車中避難なども選択肢になります。判断ができないときは、避難所へ行くべきです。いずれの避難行動をとる場合でも、 COVID-19対策に代表される感染症対策を忘れないようにしてください。食中毒対策も忘れないでください。ノロウイルスやウェルシュ菌による避難所での食中毒が起きてしまった例があります。

 

 2) 災害食・非常食について

 日常的に食事に制限が必要な方もおられます。災害時であれば、何でも食べても良い訳ではありません。乳幼児、妊産婦、高齢者、食べる機能(かむこと・飲み込むこと)が弱くなった方、慢性疾患のある方、食物アレルギーの方の食事には配慮が必要です。お腹がすいていても、避難所で配られる非常食を食べることができない方もおられます。

 東日本大震災の経験から、国や自治体でも、より多くの配慮の必要な方達も食べられる非常食を、少しずつ備蓄するようになりました。各種各様の条件を満たす食品を、全ての備蓄場所に大量に準備できる訳ではありません。後続の非常食の物流が途絶えることもあります。

食事に制限のある方は、ご家族と話し合って、食べられる食品をご家庭でも備蓄することが推奨されています。少なくとも2週間分の食料と水の備蓄が、望ましいとされています。「先入れ先出し」や「ローリングストック」と言われているように、日常的に古いものから使い、新しいものを補充するようにしましょう。 

 

3) 食物アレルギーの方の災害食

 アレルギーは、生体に不利益をもたらす過剰な免疫反応の総称であり、食物が原因になるものを食物アレルギーと呼んでいます。発症メカニズムは図3のように考えられています。

 災害時には、食物アレルギーの方が必要とするアレルギー対応食が入手できなくなる可能性が高くなります。東日本大震災の経験から公的に備蓄される災害食には、「おかゆ」などのより多くの方が食べられる食品を増やすようになりました。図1のビスケットもクラッカーも食べられない方たちがいます。小麦や乳製品が使われているからです。

 卵・乳製品・小麦を除去したアレルギー対応食品や、上記に加えてエビ・カニ・そば・ピーナッツ(落花生)なども除去した食品も製造販売されるようになりました。まだまだ、価格も高く、保存期間も長くはないのですが、まず自らの備えで災害を乗り切る努力をお願いします。また、万一に備えてアドレナリン自己注射薬 (エピペン® )などの準備も主治医と相談しましょう。

 避難所などで災害食の配給を受ける際に、食べられない食品の有無を確認する努力や勇気も必要です。言い出しにくい状況になってしまったとの経験から、食物アレルギーであることを示すカードやバッチ、ゼッケン(ビブス)も開発されています。準備しておきましょう。

 医療現場は、COVID-19などへの対応に追われています。食物アレルギーを発症して、医療現場の負担を増やさないようにしたいものです。非常食のお世話をされる方は、食物アレルギーの知識も深め、対象食品の管理に努め、アレルギー表示を明示しましょう。お忙しいでしょうが、相談し易い雰囲気作りにも、努力していただきたいと思います。

 

 

 図4のように、アレルギー対応食のメニューを増やす努力も続けられています。(公財)ニッポンハム食の未来財団の「食物アレルギー対応食・料理コンテスト」は、毎年実施され、6回目の表彰式が準備されています。毎年の入賞者のレシピと調理動画も公開されています。

https://www.miraizaidan.or.jp/recipe/index_2019.html

4) 自助努力を続ける覚悟を

 COVID-19が直ぐに鎮静化するとは思いにくい状況です。図5のように、集団免疫ができるまでには時間がかかりそうです。新型コロナウイルスはRNAウイルスですので変異し易い性質を持っています。ワクチンの性能が変異に追いついていけないシナリオもありそうです。

 「彼を知り、己を知れば」の状況に至る前に、東京オリンピックやパラリンピックが開催されると複雑なシナリオがさらに複雑になりそうです。「地震、雷、火事、親父」の時代から「親父」は消え去ったようですが、新興・再興感染症、気候変動、隕石などの災害は何時現れるか分かりません。災害が複数重なる可能性もあります。想定外を想定しないといけないのではないかとも思われます。皆で助け合って、食べて行きましょう。

 

参考文献:

1)農林水産省:要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド(平成31年3月) https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/foodstock/guidebook.html

2)公益財団法人市民防災研究所:避難所等における新型コロナウイルス感染症対策の参考リンク集

http://www.sbk.or.jp/blog/archives/2478