第82話 お正月とお寿司

2021.01.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

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2021/1/1 update

 

 

 

明けまして、おめでとうございます。一日でも早く、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、沈静化されることを期待しています。

お正月に、お寿司を食べられる方も多いと思われます。わが国の「ハレの日」の代表料理として定着し、今や世界中で食べられています。わが国では、お寿司を原因とする食中毒は、1990年代以前に比べかなり少なくなっています。一方、世界的な寿司ブームにより、海外ではお寿司による食中毒は増えているようです。図1は米国からのニュースです。寿司は取り扱いを誤ると、食中毒をもたらします。

図2は、日本各地に伝える寿司の写真です。全てではありません。寿司には沢山の種類があり、進化を続けています。この他にも、美味しいお寿司があります。米を使わない蕎麦寿司などもあります。今回は、寿司の起源から見直してみましょう。

 

1)「なれずし」誕生から、「なまなれ」まで

 魚や動物は人類にとって、貴重な蛋白源です。ご先祖は、せっかく魚や動物を沢山捕まえても、食べきれずに腐らせでしまうことが多かったと思われます。保存しようと試み、乾燥、塩漬け、燻製などの手法が開発されました。

約1300年前に、東南アジアで魚を加熱した穀物に漬け込み発酵させた「なれずし」が開発されたと推定されています。穀類を餌として、乳酸などを産生する微生物を利用する発酵です。図3は、現在の「なれずし」(左)と「握りずし」です。

初期の「なれずし」は、魚などの蛋白質を保存する目的で開発された一種の漬物発酵食品だったようです。科学的な知識はないまま、微生物による発酵を利用するために、米などの穀物を炊き上げて餌とし、乳酸発酵などを行わせて、漬け込んだ魚などを保存するようになりました。

わが国では、この手法を「なれずし」と呼んでいます。現在では、魚もご飯も食べる場合がありますが、以前の「なれずし」は、魚の部分だけを食べていたようです。乳酸発酵が進むと、ご飯の部分はドロドロに変化してきます。平安時代の「今昔物語」にも、「なれずし」売りが登場します。魚の蛋白質などが低分子化され、消化・吸収され易くなり、乳酸などで腐敗が抑制されます。「ふなずし」は、琵琶湖に伝わる「なれずし」の一種です

室町時代になると、数ケ月から1年かかる「なれずし」発酵の時間短縮が試みられるようになります。発酵が進む前に、米粒が崩れていない「なれずし」を食べてみたようです。お腹が減って、待てなかったのでしょうか。

その結果、魚も米粒も食べられることが分かり、さらに工夫を重ねて、おいしく食べるようになりました。「なま(生)なれ」と呼ばれるようになりました。この「なまなれ」が、図4や表1に示すように、北国に普及し今日も食べ続けられているのが、「い(飯)ずし」です。

 

 

 

2)鮓、鮨から寿司へ

わが国でお酢が、庶民に広まったのは江戸時代になってからでした。乳酸発酵による「なまなれ」の味を酢で代用するようになり、「なまなれ」よりも早く食べられるようになりました。お酢でご飯を味付けし、それを魚と合わせて食べ始め、「早ずし」と呼ぶようになりました。この早ずしの発明から、図4のように「こけら寿司」「すがたずし」「箱ずし」などを経て、「握りずし」や「手巻きずし」が開発されてきました。寿司は世界中に広まり、新しいタイプの寿司が開発されています。

寿司を表す漢字も、乳酸あるいは酢酸に由来して「酸っぱい」ことから「鮓」、旨いことから「鮨」、ハレの日のお祝いとして献上されたことから「寿司」などが適宜に使われるようになりました。

 

3)寿司の安全性問題

わが国でも1960年頃までは、冷蔵庫を中心とする低温流通ネットワークは整備されていませんでした。氷を使った冷却から、電気冷蔵庫による冷却が、全国的に導入され、一般家庭にも普及して行きました。それまでの寿司は、生の魚介類を切り身にして、そのまま食べるよりも、一手間かけて酢飯と合わせて食べていました。魚介類を、煮たり、焼いたり、塩をしたり、醤油や酢につけたりの手間をかけていました。

コールドチェーンと呼ばれる魚介類の低温流通システムが整備されるにつれて、手間をかけずに、生の切り身を寿司ネタにする、いわゆる「生寿司」が流行するようになりました。魚介類の「生寿司」や「刺身」が流行するようになると、図5のように腸炎ビブリオの食中毒が増えてきました。2000年に厚生労働省は、生食用魚介類の規格基準を改正して、魚介類の取り扱いの指導を強化しました(第19話)。図5のように、見事に腸炎ビブリオによる食中毒は少なくなって行きました。現在では、寿司を原因とする食中毒では、寄生虫アニサキスやノロウイルスによるものが多くなっています。

食品の低温流通システムが日本中に整備される前には、わが国では各地特有の原材料を使った郷土料理が食べられていました。忘れてはならないことに、わが国でもボツリヌス菌食中毒によって多くの犠牲者を出していたことです。図2には、北海道で「いずし」を桶に漬け込んでいる様子と、青森の「いずし」が紹介されています。図4に示したように、「いずし」は発酵食品です。

表2には、昭和30(1955)年から37(1962)年の間の、北海道での「いずし」を原因食品とするボスリヌスE型菌食中毒の発生状況が報告されています。ボツリヌスE型菌の抗毒素が治療に使われるようになるまでは、多くの命が失われていたのでした。

今日では、衛生管理の必要性が認識され、清潔な「いずし」が作られ、販売されています。自宅で「いずし」を作る家庭も少なくなり、ボツリヌス菌の怖さを知らない人も増えています。悲劇の歴史を繰り返さないようにしたいものですね。

美味しくて、衛生的なお寿司を食べて、明るいお正月をお過ごしください。良い年になりますように!

 

参考文献:

1)篠田統:すしの本、柴田書店 (1970)

2)三田村弘ら:昭和42年北海道に発生した「いずし」によるボツリヌスE型の食中毒例について、  北海道立衛生研究所報、18,104-107(1968)