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第62話 大腸菌とのお付き合い

2019.05.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

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 大腸菌は、我々の腸内細菌です。1885年に、オーストリアの医師テオドール・エシェリヒ( Theodor Escherich, 1857-1911 )により小児の糞便から分離されました。表1のように,この時期は病気と細菌の関係が次第に明らかになって行く時期でした。我が国の北里柴三郎や志賀潔がドイツに留学した時期でもありました。新しくなる1000円札の肖像には,北里柴三郎博士が使われるそうです(表1)。

 

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 大腸菌の学名は発見者の名前に由来するEscherichia coliが用いられています。大腸菌は図1のように小さな生物です。グラム陰性桿菌です。通性嫌気性菌ですので酸素のある、なしに関わらず増殖が可能です。ヒトを含む動物の消化管に腸内細菌として存在しており、多くの大腸菌はヒトに病原性を示しませんが、注意すべきは、O157を代表とする一部の大腸菌です。菌株によってはヒトに死に至る重篤な悪影響を与える場合があり、病原(性)大腸菌とも呼ばれています。

 

1)病原大腸菌について

 

 大腸菌は腸内細菌であり、ヒトに病原性はないと考えられていました。1940年代になって英国で、乳幼児下痢症は大腸菌によっても引き起こされることが判明し、その原因菌としてO111 が分離されました。1967年には、 コレラ毒素に類似したエンテロトキシンを産生する大腸菌いることが明らかになりました。1970年には、易熱性と耐熱性の2種類のエンテロトキシンが確認されています。


 1982年に米国で発生したハンバーガーによる食中毒の原因追及により、腸管出血性大腸菌O157が分離同定されています。1985年 には、旅行者下痢症から、原因菌として大腸菌が見出されています。1996年には、岡山県や大阪府堺市の学校給食による死者を含む大型の食中毒が発生し、原因菌としてO157が広く知られるようになりました。
 食中毒を起こす大腸菌は、下痢原性大腸菌とも呼ばれ、下記のように6つに分類されています


①腸管病原性大腸菌(EPEC, enteropathogenic Escherichia coli)
②腸管侵入性大腸菌(EIEC, enteroinvasive E. coli)
③毒素原性大腸菌(ETEC, enterotoxigenic E. coli)
④腸管出血性大腸菌(EHEC, enterohemorrhagic E. coli 、O26、O103、O111、O157など)
⑤腸管拡散付着性大腸菌(EAEC, enteroadhesive E. coli)
⑥腸管凝集性大腸菌(EAggEC, enteroaggrigative E. coli、O104など)

 

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2) 米国の状況


 米国では、4月になって E. coli O103による食中毒が東部を中心に6州で発生しています。今のところ、死者は報告されていないものの、患者数は,109人に増えています。 原因食品は、牛ひき肉であろうと推測されています(図2)。


 米国でも、志賀毒素産生性大腸菌(STEC、第60話参照)を主とする病原大腸菌は、公衆衛生上の大きな脅威となっています。米国において毎年265,000人以上を発症させていると推測されています。死者も出る病原大腸菌食中毒事件は米国経済に年間約5億ドルの損失をもたらすと推測されています。病原大腸菌は牛の腸管にコロニーを形成し、糞便とともに放出されます。その結果、病原大腸菌は牛から牛への直接接触、他の食物(例えば生鮮食品)の汚染、および他の環境からもヒトへの感染を生させることになります。今回の大腸菌O103感染症も牛挽肉が原因食品として疑われています。

 

 牛肉中のSTECを中心とした病原大腸菌問題に対処するために、米国農務省 – 国立食品農業研究所(USDA-NIFA)は、ネブラスカ大学リンカーン校(UNL)および共同研究機関による包括的な研究開発教育に資金を提供してきました。このプロジェクト(STEC CAP)は、2012年1月1日に始まり、2019年12月31日に終了します。その成果が期待されていますが、やはりフードチェーン全体での取り組みが必要であり、リスクコミュニケーションや教育が成功の鍵を握っているようです。

 


3) 我が国では

 

 EUでも、病原大腸菌は多くの感染事例を起こしています。発展途上国からの発生事例は多くはありません。これは、調査や検査が進んでいないことが,報告事例が少ない原因になっていると考えられます。わが国では感染症法により、医療機関から国立感染症研究所に感染者が報告されます。毎年、2000~4000人の感染者が報告されています。食品衛生法によって厚生労働省に報告された病原大腸菌による食中毒患者数は、毎年1000名程度です。平成30年は、STEC 患者者として456名、その他の病原大腸菌患者として404名が食中毒統計に収録されています。

 

 わが国の食中毒調査は、医師からの報告に基づく受け身的な調査です。米国では、疫学者による能動的な調査が行われます。さらに、調査漏れも見込んで、推計が行われます。その結果、米国では上記のように毎年265,000人以上が、病原大腸菌食中毒を発症していると報告されています。日本の人口は米国の人口の約1/2.5(1億3千万人/3億3千万人)です。わが国の病原大腸菌食中毒患者は、もっと沢山いても不思議ではないと思われます。

 1996年のカイワレ大根が原因食品とされたO157食中毒事件後は、リンゴも湯通しして食べるほど、生食は嫌われました。その数年後には、生の牛肉を生卵で和えて食べるユッケや未加熱の浅漬けによる、多くの死者を出した病原大腸菌食中毒が発生しました。

 

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 加熱調理は病原大腸菌対策には有効な手段です。次亜塩素酸ナトリウム等の食品添加物も適切に使うべきです。病原大腸菌は病原性のない大腸菌とともに、我々のすぐそばにいると考えて生活をすべきです。

 図3には、牛挽肉ハンバーグを生焼けで提供するお店があることに注意喚起を求めている新聞記事です。現在米国で発生しているO103食中毒(図2)の原因食品も、牛挽肉が疑われています。病原大腸菌対策は、国民全員で取り組むことが必要です。


参考文献:


1)US CDC: Outbreak of E. coli Infections, Posted April 12, 2019,
https://www.cdc.gov/ecoli/2019/o103-04-19/index.html


2)R.A.Moxley: Progress in STEC Control, The USDA-NIFA STEC Coordinated Agricultural Project, April 2019,
https://www.foodsafetymagazine.com/magazine-archive1/aprilmay-2019/progress-in-stec-control-the-usda-nifa-stec-coordinated-agricultural-project/


3)森 哲也ら:挽肉製品による腸管出血性大腸菌食中毒の発生予防 ~牛挽肉製品の焼成条件へのアプローチ~、食衛誌、56、J-209-213(2015)