第51話 見えない清潔とO157

2018.06.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 昨年、わが国ではポテトサラダ等の総菜が原因食品ではと疑われた腸管出血性大腸菌O157:H7事件が起こりました。患者24名が報告され、1名の女の子が犠牲になってしまいました。この事件が表面化する前に、同じ遺伝子型を持つO157に全国各地で70名もの方が感染し、治療を受けていたことも明らかになりました(1)。

米国では図1のように、ロメインレタスが原因食品と考えられるO157食中毒が32の州で発生し、172名の患者のうち1名が犠牲になっています(2)。現在でも原因となったレタスを栽培した農場が、特定できていないことから、アリゾナ州ユマ地区の全農場は出荷を停止しているそうです。O157を始めとする食中毒菌は目には見えない小さな生物(微生物)です。食品の微生物対策について考えてみましょう。

 

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1) 「見える清潔」と「見えない清潔」

食中毒の原因の多くが微生物によって引き起こされています。食品を腐敗させる微生物もいます。これらを未然に防止するためには、孫子の教えである「彼(食中毒菌や腐敗菌)を知り、己(食べる人)を知る」ことが大切です。O157を含む腸管出血性大腸菌の性質を表1に示しました。他の食中毒菌等の性質も参考文献3ならびに4などを利用して知ることが必要です。その上で、担当する食品を誰がどのように食べるかを考えて対策を立てましょう(表2)。

 

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食品取り扱い者に求められる行動規範の基本は、図2に示した5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ(良い習慣))などです。衛生管理では、この5Sが重要になります。この5Sの上に立った衛生管理、すなわち目に「見える清潔」と「見えない清潔」を職場や家庭の中で維持することが必要です。「見える清潔」は比較的理解されやすいのですが、職場や家庭で「見えない清潔」も維持管理していくことを納得し、実行できるようにしましょう。「目に見える清潔」では、ゴミを跨(また)がずにゴミ箱に入れることなどを心がけることなどが求められます。「目に見えない清潔」には、微生物への対策として効果がある行動が必要になります。

 

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2) 微生物について

「目に見えない清潔」としての微生物対策などを、納得できる行動に変えていくためには、微生物に関する基礎知識が必要です。微生物の中には、食中毒や感染症の原因となったり、食品を腐敗させたりするものもいます。食品と関係の深い微生物には、細菌、真菌、ウイルスがあります。人間に腹痛や下痢を起こさせるクリプトスポリジウムやサイクロスポーラなどの原生動物(原虫)も微生物として取り扱われるようになりました。

微生物は人間と同じで、厳しい環境におかれても生きようと必死で努力します。その生き様は人間以上であると言えるでしょう。億単位の微生物が死に絶えたとしても、生き延びた1つの細胞から増殖し、億単位以上に増えることもあります。環境抵抗性と人に対する毒性の両方を持つ微生物は、要注意です。

「目に見えない清潔」の必要性を認識し、洗浄、殺菌・消毒などを効果的に行うことが重要です。微生物は人間と同じで、栄養と水がなければ生きていけません。作業あるいは調理終了後のそれぞれの環境で、栄養分や水を最少化し、包丁・まな板・ふきんなどは、洗浄殺菌した後、乾燥しましょう。人間や動物の糞便に由来する菌もいます。これらの菌は、5℃を超え、20℃から40℃位になれば、食品中で活発に増殖します。糞便由来菌の中には、赤痢菌のような感染性の病原菌や食中毒菌が混入している可能性があります。

 健全な食品も、放置すれば腐敗や変敗を起こし、食中毒の原因となることもあります。このような変化には、多くの要因が関係しますが、微生物による変化には特に注意が必要です。食品と微生物との関係を食品に関係する従業員だけでなく消費者も理解できるような啓発を行う必要があります。

 微生物と共存し、無用の戦い避けるべきですが、O157等の病原体とは微生物制御と呼ばれている必要最小限の戦いが必要です。表3のように微生物制御の方法は、分類されます。包装と加熱のように2つ以上の異なる微生物制御手法を組み合わせる必要があります。微生物は種類が多く、さらに生命力が強いものがいるためです。

 

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消費者も、このようなリスク(起こるかも分からない不都合)を認識する必要があります。また、刺身や生食用食肉などは、年少者および高年齢層や病弱者にとってはハイリスク(不都合が起こる可能性が高い)であるということを認識すべきです。昔は、「なまもの」は幼児や老人さらに病人や病み上がりの人には食べさせない風習がありました。近年では、これらのハイリスク層も好んで「なまもの」を食べる傾向が見られるようになりました。

図3は,インドからの報告です。食品安全を向上させ,維持するには,5Sが役に立つと報告されています。人間は,大腸を持つことから大腸菌であるO157の保菌者になる可能性もあります。5Sを始めとする基本的な衛生対策を徹底させてO157などの侵入を許さない清潔な状況を維持して行きましょう。

 

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【参考文献】

1)厚生労働省: 腸管出血性大腸菌感染症・食中毒事例の調査結果取りまとめについて、平成 29 年 11 月 20 日

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000185420.pdf

2)CDC: E. coli O157:H7 Infections Linked to Romaine Lettuce, 2018年5月15日

https://www.cdc.gov/ecoli/2018/o157h7-04-18/epi.html

3)食品安全検定協会:食中毒を起こす主な微生物一覧(2014.12.15)

http://fs-kentei.jp/wp/wp-content/uploads/2014/10/ shokuchudoku.pdf

4)食品産業センター:食中毒統計作成要領(2012.12.28)等に示された食中毒微生物の疫学的特性(2016年10月30日)

http://www.shokusan.or.jp/sys/upload/802pdf21.pdf