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第45話 フードチェーンと病原大腸菌とHACCP

2017.12.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

人間は、従属栄養生物です。図1のように食物連鎖から脱し、食べて行くためのフードチェーンを確かなものにしてきました。知恵と勇気を持って食料調達に努力を重ねてきました。我が国は食料自給率が低く、不安を抱えていますが、魚等の生食に象徴されるように食品安全事情は、概ね良好です。国民は金銭で決済される食料調達に慣れ過ぎ、人間と人間が食べている物の関係が理解できなくなっているようです。食料が不足したり、フードチェーンが機能しなくなったりした時にも、国民は冷静に対応できるのでしょうか。

 

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図2のように腸管出血性大腸菌O157による食中毒が,関東で起こりました1)。女の子が死亡しています。調査により食中毒発生前に原因菌と同じ遺伝子型のO157の感染者が,全国各地に50名もいたことが明らかになりました。詳しい内容は、厚生労働省の発表から知ることができます(1)。消費者はO157等の性質や対策を理解しながら暮らして行く必要があります。O157達も一所(生)懸命に生きています。

 

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1) 分業による食料調達

科学技術が進んでも、食中毒やフードテロ(悪意のある食品汚染)は無くならないと思われます。人間は大昔から食生活でも失敗を経験し、知恵を蓄積してきました。原種と呼ばれる生物を選抜・改変し、不都合な成分を減らし、可食部位や味の良い部位を増やしてきました。そのまま食べれば体調を崩すものは、煮たり、焼いたりして、より安全で美味しいものに変えて食べてきました。料理や加工は美味しくする為にだけではなく、食べられない物も食べられるようにし、より安全にするために行われてきました。間違った調理では、健康リスクが高まることも経験してきました。

 

現在の分業化されているフードチェーンでも、消費を含む連続した衛生管理が必要です。食べ物として、命をいただく原材料としての生物に感謝することも忘れてはならないと思います。 食品の原材料も、気候や天変地異等、多くの変動要因に影響されて生きています。食中毒菌等の危害要因も変化します。その管理方法も不断の見直しと工夫が必要です。管理方法を変更する場合にもフードチェーン全体を意識する必要があります。100%安全な食品の管理があるといったような間違った情報は、食品の取り扱い方法に誤りを生じさせます。

 

HACCPによる衛生管理(図3)が義務化されようとしています(2)。誤解しないように注意すべきことに、HACCPでも安全性を100%保証することはできないことがあります。HACCPによる工程管理を行った(100%プロセス管理された工程を経た)食品のみを、次の需要者に渡せることが保証できる手法です。適正に食品の管理方法や製品の情報を共有することで、次の段階の使用者の食品管理が容易になります。しかし、消費者が間違った情報を信じ、食品の取扱い方も間違えば食中毒等の不都合は増えてしまいます。

 

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2) 消費者の役割と貢献

我々の大腸には、大腸菌がいます。多くの大腸菌は、人間に病原性を示しません。腸管出血性大腸菌などの一部の病原大腸菌は、人間に病原性を示します。マスコミでは病原性大腸菌と表記されますが,病原大腸菌(①腸管病原性大腸菌・②腸管侵入性大腸菌・③毒素原性大腸菌・ ④腸管凝集性大腸菌・⑤腸管出血性大腸菌,他)の1種類と誤認される怖れがあります。

我々は全員、大腸を持っていますので、病原性のある大腸菌も我々の腸内やそば(町内など)にいても不思議はありません。その一方、食品から大腸菌が検出されるということは、衛生管理に不備があり、糞便汚染も受けている可能性があることを示しています。食中毒を起こさないためには、清潔な環境で、良い食材を清潔に取り扱うことが必要です。

消費者による喫食前の加熱が必要な食品として、肉類があります。小麦粉なども加熱して食べる必要があります。魚やその刺し身、貝の剥き身、馬刺し、カット野菜、カットフルーツ等の非加熱食品は、消費者の適正な取り扱いも必須です。加熱により安全性が向上した食品も、消費者が取扱いを誤ると、O157などの汚染を受け、健康被害をもたらす場合もあります。また、冷凍食品を凍ったまま、フライにする場合などには温度が思ったほど上昇していないこともあります。加温不足にならないように、十分な量のフライ用油で適切に調理しましょう。

浅漬けのように、塩分を減らして低温管理を前提に製造・販売されている食品もあります。北海道で起きた白菜の浅漬けによるO157食中毒では、169名が発症し、8名の方が命を失っています。それぞれの食品の特徴を理解して、適切な選択と取り扱いをすることが消費者に求められています。1996年に堺市で学校給食を原因とするO157食中毒が起こりました。生食されたかいわれ大根が原因として疑われ、全国的に全ての生食を嫌悪する状況がもたらされました。次第に、生食は回復し、牛肉の生肉に生卵をかけたユッケによる腸管出血性大腸菌食中毒なども発生するようになりました。厚生労働省は、牛肉の生食に厳しい規制を行いました。しかし、牛レバーを生で食べた食中毒も発生し、レバーの生食の安全性を確保できないことから厚生労働省は、レバーの生食を禁止しました。

 リスクゼロの100%安全な食品はありません。消費者は、食生活に伴う健康リスクを受け入れ可能にするリスク管理に参加する必要があります。安全・安心を宣伝に使い、リスク管理に努力していない事業者よりも、食品の取扱い現場を見せて説明してくれる透明性の高い事業者から食品を入手しましょう。図4は、世界保健機関WHOが提唱している「食品を安全に食べるための5つの鍵」です3)。この5つの鍵を、5つの鍵穴に差し込んで、より安全な食生活の扉を開けましょう。

 

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【参考文献】

1) 厚生労働省:腸管出血性大腸菌感染症・食中毒事例の調査結果取りまとめについて

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000185284.pdf

2) 厚生労働省:食品衛生法改正懇談会取りまとめ

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000184683.html

3) 国立医薬品食品衛生研究所:WHO食品をより安全にするための5つの鍵

http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/microbial/5keys/who5key.html