第141話 クマとヒトのフードチェーンについて
2025.12.01

2025年のクマによる被害が、深刻化しています。 図1は、その報道例です。クマが住宅地に現れたり(上の画像)、海で泳いでいたり(下の画像)と、これまでにない現象も報告されています。
わが国でのクマの挙動は、人間のフードチェーンにも影響を及ぼしています。クマと人間の食生活も、お互いに影響を受けているようです。

1)クマによる被害について
環境省の発表では、2025年度上半期(4~9月)のツキノワグマの出没件数は、過去最多の2万792件でした。人的被害が報告された件数と人数は、99件と100人、死亡された方は8人でした。10月以降の被害はまだ、政府からは公表されていませんが、報道では多くの犠牲者が報告されています。おそらく、過去最多になると推測されます。
図2は、2年前の2023年11月16日の新聞報道です。クマによる被害が多く、特に秋田と岩手の被害が多いと報告されています。原因として、餌となるブナの実が大凶作であったことを秋田県と岩手県の担当者が指摘しています。
表1は、秋田県などのクマの観察を続けられている永幡嘉之さんが2024年10月に出版された「クマはなぜ人里に出てきたのか」から抜き書きしたものです。永幡さんも、木の実の大凶作がクマの行動に影響を及ぼしたと指摘されています。

図3は、2025年11月に北海道苫前町で撮影された巨大ヒグマの映像です。図2では、ヒグマの体重は、オスでも250kgまでとされています。図3のヒグマは、映像から400㎏はあると推測されています。

箱ワナに入れられた餌のシカ肉を狙ったのか、箱ワナを揺さぶって、押し倒したそうです。箱ワナは、杭で固定されていたそうです。ワナだと知っていたのか、箱ワナには入らずに、こぼれ出たシカ肉を食べて、立ち去ったそうです。

2)クマの食性について
図4は、クマの年間の生活の様子です。餌が不足する冬は、冬眠をします。秋には冬眠に備えて、たくさん食べます。クマは、ヒトと同じ従属栄養生物です。クマは発達した切歯や犬歯と、大きな臼歯を持っています。植物をすりつぶすのにも適した歯並びを持っています。
消化器官は肉食に適した構造になっています。クマは雑食性であり、手に入るものであればなんでも食べます。クマにも餌の好き嫌いがあり、各クマは好物が異なるようです。
植物の繊維(セルロース)の消化は得意ではないようで、長時間を要します。動物性の餌の入手の不安定さから、植物食に近い雑食をしていると考えられます。クマが、主に植物を食べている理由としては、動物は捕まえるのが困難であることが主な理由だと考えられます。また、ヒトが環境を変えたり、オオカミなどを絶滅させたりしたことにより、クマのフードチェーンが変化したと考えられています。
ヒトのフードチェーンである牧場や養鶏場に侵入して、家畜や餌を食べる場合もあります。魚の養殖場も同様です。罠にかかったシカなども食べます。クマはアリなどの昆虫も食べていて、スズメバチの巣なども食べています。養蜂業者の設置した巣箱も壊して、中身を食べることもあります。蜂の子は、クマの大好物だそうです。
クマは、植物を主な餌として食べていますので、季節ごとに食べる植物の種類や部位が変化して行きます。クマが食べている植物は、表2に示しました。

春には、前年に落果していたドングリや木の若芽、若葉、草類を食べています。夏になると、花や果実を食べるほか、魚、昆虫やカニ、ザリガニといった水生生物を捕食することもあります。秋には、ドングリやクリ、ブナの実がなり、重要な栄養源になります。
稲やソバが結実すると、クマが食べにくるようです。解剖されたクマの胃袋から、大量のコメが見つかることがあるそうです。ヒトは、生のコメを消化できません。おそらくクマも消化できないのですが、空腹を満たすために食べているのではないかと思われます。ソバの実は、消化できるようです。
人間はドングリなどを渋抜きし、煮炊きしないと食べられないのですが、クマは生で食べて消化吸収できるようです。栗などは、外側の殻は外して食べるようです。
畑のカボチャやニンジン、リンゴなどの野菜・果物は、クマの大好物であり、電気柵などで痛い目に会いながらも食べに来ます。クマは、秋に十分な栄養を摂らなければ、冬眠を乗り切ることは、困難になります。地球温暖化などの影響で、冬眠しないクマが増えるのではないかと心配されています。
クマは、食べ物への執着が強い動物であることも知られています。一度「自分の獲物」とした食べ物を他のクマや動物に奪われると、しつこく取り返そうとします。美味しいと思った食べ物にも執着します。人間の食べ物の味を覚えた熊が、その食べ物を求めて何度も人里に下りてくることもあります。
最悪の例ですが、ヒトを捕食目的でクマが襲うという事件も発生しています。ヒトは、足も遅く、力も弱いことを知っているのかも分かりません。
3)クマとヒトのフードチェーン
われわれのご先祖である現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島にまで到達したのは、約3万年前だと考えられています。その時には、すでにクマは日本列島にいたと考えられます。力も弱く、足も遅いなど、クマには敵わないご先祖は恐くて、苦労したと思われます。人類は弱い存在でしたが、知恵を働かせて、クマと折り合いをつけて、暮らすようになりました。
約3千年前の縄文時代後期にイネがわが国に伝わり、コメを食べるようになりました。それまでは、ご先祖はドングリ、クルミなどを食べ、常備食として蓄えていたと思われます。クマの餌と競合する、食生活をしていたと考えられます。
現在、クマが餌の不足などの影響で人里に入り込むようになっています。クマ対策の一つとしてゾーニングが実施されるようになりました。クマの住む区域と、人間活動を優先する区域、その間の緩衝地帯等を、設定して管理する手法です。
農地や放牧を行う山々も、ヒトのフードチェーンの一部ですが、もともとはクマのフードチェーンの場でした。クマとの調整に工夫が必要であると考えられます。ヒトの食料の一次生産、加工、流通、消費のフードチェーンの各段階もクマの影響を受けています。農地だけではなく、道路や線路にも現れて、農作業や流通を阻害することもあります。食品取扱い施設や販売店、飲食店にも侵入することもあります。図1のように、一般の家庭にも現れています。
昔、わが国にもオオカミがいました。オオカミを絶滅させ、山犬を排除したことでシカなどが増えたと推測されています。仮にクマを絶滅させようとすると、シカなどがさらに増え、日本列島の生物相が変わってしまうでしょう。
わが国では木材等の調達のため、ドングリのなる木々を切り、スギやヒノキを沢山植えたことで、クマが困り、生物相も変わりました。ヒトの花粉症も増やしてしまったようです。
ゾーニングも、万能ではありません。人間の願いどおりにクマが動くとは限りません人間側の事情も、複雑です。地震や津波などが発生すると、避難などゾーニングを無視せざるを得なくなる場合もあります。
クマには、クマの都合があります。図5の左は、クマが夜陰に紛れてミツバチの巣箱を訪れた様子です。ヒトとクマのフードチェーンは重なっています。必要な時には、クマの命をいただくことはやむを得えません。食品衛生を大切にして、美味しくいただいてください。

清潔・迅速にクマを解体し、冷却することが困難な山中などの場合には、特に注意してください。E型肝炎ウイルスや、各種の病原菌やトリヒナ旋毛虫などの寄生虫もいます。生食は避けるべきです。
トリヒナ旋毛虫は、家庭用の冷凍庫で冷凍しても死滅しません。冷凍肉も必ず加熱して、食べるようにしてください。図5の右側は、クマ肉の串焼きです。大きい肉塊を串に刺すのではなく、火が通るように小さい肉塊の串にして良く焼いてください。
参考文献:
1)環境省:クマ類の生息状況、被害状況等について、2025年11月15日閲覧、
https://www.env.go.jp › effort12 › kuma-situation
2)永幡嘉之:クマはなぜ人里に出てきたのか、旬報社、2024年、ISBN978-4-8451-1953-0
3)熊撃退スプレー:熊の主食は肉?ドングリ?季節ごとの熊の主食と食性の特徴について、2025年11月15日閲覧、