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第102話 黄色ブドウ球菌による食中毒

2022.09.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2022/9/1 update

  

 図1は、夏休みの小学生たちが、自分たちで作ったおにぎりで食中毒を起こしていることを知らせる新聞記事です。50人中16人が発症し、14人が病院に緊急搬送されたそうです。幸い重傷者はいなかったそうです。

病因物質を確定したとの発表は行われていませんが、新聞記事に示された症状と図2に示した黄色ブドウ球菌食中毒の症状から、病因物質は黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)であろうと推測されます。今回は、黄色ブドウ球菌食中毒について考察してみましょう。

 

1) 黄色ブドウ球菌について

 ブドウ菌は寒天培地上に、黄色、白色、橙色のコロニーを作ります。それぞれ、黄色ブドウ球菌 (S. aureus)、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)、腐性ブドウ球菌(S. saprophyticus)と呼ばれています。黄色ブドウ球菌は、エンテロトキシン(腸管などに作用して異常反応を引き起こす毒素)を作り、食中毒を起こしますが、他のブドウ球菌と同様に、栄養細胞が体内で増殖して病原性を示すこともあります。日和見感染やスーパー抗原作用も研究されています。

 黄色ブドウ球菌は表1のように、環境中に広く分布し、健常人の鼻腔、咽頭、腸管等にも生息しています。一般人の保菌率は約 40%とされています。化膿菌としても知られており、手指等の傷口から感染して化膿巣を形成します。病院で手術を受けた後に抗生物質が効かない黄色ブドウ球菌(MRSAメチシリン耐性やVRSAバンコマイシン耐性など)に感染し、治療が困難になる場合もあります。

 

 

 本菌は広く分布しているため衛生管理を怠った場合、食品取扱者を介して食品を汚染する機会は高くなります。家畜を含むほ乳類、鳥類にも広く分布しており、牛乳房炎の原因菌の一つでもあることから、生乳又は食肉を汚染する可能性も忘れてはなりません。

 
 本菌は、図2に示したように毒素型の食中毒を起こします。表2のように細菌性食中毒は、感染型と毒素型に分けていますが、感染毒素型食中毒は食品中ではなく、感染後に消化管で毒素を出します。黄色ブドウ球菌などの毒素型食中毒菌は、食品中で毒素を産生します。

 本菌は、エンテロトキシンを作ります。エンテロトキシンが産生されるのは 10~46℃の温度域であり、食塩濃度10%でもエンテロトキシンを産生する場合があります。本菌のエンテロトキシンは、100℃、30分の加熱でも無毒化されないことに注意してください。

 

 2) 原因(媒介)食品

本菌による食中毒の原因となった食品には、図2のように握り飯、寿司、肉・卵・乳などの調理加工品及び菓子類など多岐にわたっています。欧米においては、乳・乳製品やハムなどの畜産物が原因食品となる場合が多いようです。

 図1の食中毒の原因である握り飯などの米飯の場合も、温度を下げて冷蔵保管すると黄色ブドウ球菌は増殖できす、毒素も産生できません。残念ながら、低温では米飯のデンプンの老化が促進され、美味しさが失われてしまいます。常温での米飯の安全性を確保する研究開発も、続けられています。

3) 食中毒対策

 黄色ブドウ球菌自体の耐熱性は高くないものの、産生されるエンテロトキシンは耐熱性が高く、通常の加熱調理では毒性を失いません。ブドウ球菌食中毒を予防するには、食品中でエンテロトキシンを産生させないよう黄色ブドウ球菌による食品の汚染や食品中での本菌の増殖を防ぐことが重要です。HACCPのハザード分析においては、黄色ブドウ球菌やそのエンテロトキシンについての検討を忘れないようにすべきです。

 わが国では1990年代前半までは、黄色ブドウ球菌による食中毒が、度々、発生していました。食品の製造、加工、調理、販売段階での衛生的な取り扱い及び適切な保存管理(保存温度、時間)により、ブドウ球菌食中毒事件数も減少し、1990 年代後半には事件数及び患者数ともに、さらに減少しました。

 

 
 図3は、細菌性食中毒予防3原則の変遷を示しています。1996年に腸管出血性大腸菌O157:H7による深刻な食中毒が発生しました。それまでは、食中毒予防は①清潔、②迅速、③温度管理の徹底で予防できると考えられていました。O157は毒性が強く、10個以下のわずかな菌数で発症し、死に至る場合もあることが明らかになりました。細菌性食中毒予防においても、感染症対策も取り入れる必要があることが明らかになりました。図3のように、①病原体を殺す、②感染経路を断つ、③隠れ家を与えない、の3項目を融合させて、①つけない、②増やさない、③やっつける、の3項目を徹底することになりました。ノロウイルスなどのウイルスは、食品で増えることはありませんので、②増やさない、の代わりに、④(食品取り扱い現場に)持ち込まない、を実施する必要があります。

 黄色ブドウ球菌による食中毒は、食品中で100,000個/g以上に増殖し、エンテロトキシンを産生した場合に起ります。 ①清潔、②迅速、③温度管理の徹底で予防できるのですが、他の病原体への地策も考えて、 ①つけない、②増やさない、③やっつける、④持ち込まない、を徹底していただきたいと思います。

4) 教訓を忘れずに

 2000 年 6~7 月に加工乳を原因食品とする 最大規模の黄色ブドウ球菌食中毒事件が発生しました。患者数は、13,420名です。停電という異常事態が招いた食中毒という側面はあったにしても、忘れるのではなく、教訓にすべき食中毒事件です。表3を参考にしてください。2000年の食中毒を起こした同じ会社の別の工場でも、表4のように、18年前に同様の食中毒を発生させています。



 

 第100話でもお話ししましたが、「前例のある失敗」を繰り返すことがないように食品安全文化を大切に育んで行きましょう。

参考文献:

1)食品安全委員会:ブドウ球菌食中毒、ファクトシート、2021年3月30日、
http://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/09staphylococcal.pdf

2)小久保彌太郎:食品に由来する有害微生物の疫学一覧、月刊フードケミカル、392、50-65(2017)

3)重茂克彦:ブドウ球菌エンテロトキシン研究の最近の進展、モダンメディア、51、81-90 (2005)

4) 筒浦さとみ、村田容常:食塩と市販調味料により調製した米飯やにぎり飯における黄色ブドウ球菌の増殖及びエンテロトキシン A 産生抑制、日本家政学会誌,73,262-270( 2022)