第136話 鶏卵とサルモネラの関係について
2025.07.01

図1は、鶏卵(以後、卵)が関係するサルモネラ食中毒が2025年になって減っていると、スウェーデン政府が発表したことを知らせる報道です。フランスなどの欧州(EU)各地でも、卵によるサルモネラ食中毒に悩まされていました。

図2は、2025年6月10日の米国の食中毒の記事です。米国でも、卵によるサルモネラ食中毒が7つの州で発生し、79人が発症、21人が入院されています。FDAによると原因菌は、Salmonella Enteritidis (SE、ゲルトネル菌、第135話参照)でした。2千万個にも及ぶ卵が回収されています。
わが国でも、1990年代から2000年代にかけては、卵を原因食品とするサルモネラ食中毒、特にSEによる食中毒がたびたび発生していました。現在では、卵のフードチェーンの関係者の努力により、卵かけご飯や釜玉うどんなどが食べられていますが、油断は禁物です。
今回の米国での卵の食中毒によるリコール対象には、有機認証卵も含まれています。食生活にもゼロリスクは無いことを忘れないようにしたいものです。
1)卵の食中毒と推移
表1は、わが国の食中毒統計からサルモネラ食中毒の推移を抜き出したものです。1999年までは多くのサルモネラ食中毒が発生し、年間の患者数も1万人を超えることもありました。
図3は、卵を原因とする食中毒の発生件数の年次変化です。表2に示しましたように農場から食卓までの衛生管理の徹底により、1990年代の終わりから、わが国の卵による食中毒発生件数は減少し、サルモネラ食中毒の患者数も減少しています。



2024年のサルモネラ食中毒の発生件数は、事件数21件、患者数384人、死者0人でした。同年の卵類およびその加工品による食中毒は、食中毒統計には0と記載されています。実際に起きていた食中毒について、食中毒統計で完全に理解できるわけではないのですが、傾向を判断することはできます。現在のわが国では、卵の衛生管理は良好に推移しているようです。
2)卵とサルモネラ
わが国の採卵用の母鶏は、ヒナの時に外国から輸入されています。そのヒナたちがサルモネラSEを保菌していたと考えられています。現在では、輸入時の「動物検疫」では、ヒナ輸入に際して厳重な検疫が行われ、SE発見されるとその群は全部が殺処分され、焼却されています。

SEは鶏の消化管に親和性が高く、腸に達すると図4に示すように、総排泄口(腔)へ排泄される場合や、卵輸管を経て卵巣に入り込んでしまう場合もあります。さらに、卵の殻ができ上る前に卵に取り付き、その後、殻が形成され卵の内部にSEが閉じ込められてしまう場合があります。
この現象は、卵1万個に2~3個という極めて少ない割合ですが、インエッグ(in egg)と呼ばれている現象です。in eggが発生するといっても大量のSEが1つの卵に閉じ込められる訳ではなく、平均2個、多くて20個未満です。
卵は母鶏の総排泄口に移動し、糞尿や微生物と触れ合いながら産卵されます。卵の表面に付着したSEは、オンエッグ(on egg)と呼ばれますが、卵の内部に侵入するためには、卵殻と卵殻膜を通って卵白に至ることが必要です。卵白に含まれているリゾチームは溶菌作用を持ち、卵白の粘性が菌の進行を妨げます。注意すべきは、卵殻にひび割れがあれば、侵入は容易です。
卵は傷つけないように丁寧に取扱い、洗浄し、殺菌剤を使って消毒されています。
3)卵の消費について
卵にSEがいる場合を想定して、日本卵業協会は「季節別・生食可能日数」を示しています(http://nichirankyo.or.jp/qa/hinshitsu.htm)。卵を10 ℃以下で保存した場合、夏(7–9月)16日以内、春秋(4–6月・10–11月) 25日以内、冬(12–3月) : 57日以内とされています。
表示義務のある「賞味期限」は、上記理論値よりさらに安全マージンを取って短く設定されます。

表3にわが国の卵の表示に関する考え方と、海外との比較を示しました。わが国では、卵は生食されるとして年間を通じ 14–21日程度 の賞味期限が付与されています。期限が切れても加熱調理して食べられています。一方、欧米では表2にも示されているように、卵は加熱調理して食べるものとされています。
SEも、中心温度70 ℃で1分以上の加熱で死滅します。半熟のゆで卵や卵とじを好む方もおられるでしょうが、SEの疑いがある卵や賞味期限を経過した卵を食べる場合は、十分な加熱が必要です。
諸物価の高騰や米不足などの影響もあり、養鶏農家の飼料や資材の調達が困難になっています。鳥インフルエンザで大量の鶏が処分されたこともあります。卵のフードチェーンが悪い影響を受けないで欲しいと思います。衛生的で栄養豊富な卵が、手ごろな値段で安定的に供給されることを願っています。
参考文献:
1) J.Whitworth: More than 100 sick in French Salmonella outbreak, Food Safety News, June 20, 2025
https://www.foodsafetynews.com/2025/06/more-than-100-sick-in-french-salmonella-outbreak/
2)食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~ 鶏卵中のサルモネラ・エンテリティディス ~ (改訂版)、2010年4月
https://www.fsc.go.jp/risk_profile/index.data/200610eggSEriskprofile.pdf
3)(一社)日本養鶏協会:魅力あふれる安全安心の国産鶏卵、2022年3月
https://www.jpa.or.jp/news/gyosei/20220316/img/bookpdf.pdf
4)井出留美:卵の食中毒が多いは本当か?, エキスパート、2023年7月9日
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/44c5b3a66ef3bfcb2cf6715c78beb787bbc84c79