培地学シリーズ1

2015.04.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

https://www.facebook.com/ohkawa.saburo

はじめに

食品製造に携わる企業は製品の品質管理試験(微生物試験)は重要であります。そのために適切な精度の高い検査法を実施する必要があります。そのためには検査担当者は品質試験で問題が生じた時に製品特性や細菌学的学術知識や検査法の限界等、幅広い知識や経験が要求されます。培地学の知識はブラックボックス内であります。この培地学シリーズでは培地学の立場から食品微生物検査について紹介したいと思います。

<標準寒天培地(生菌数測定)とその限界について>

今回は生菌数測定用培地として一般的に用いられている標準寒天培地について紹介したいと思います。標準寒天培地(Standard methods agar)は1953年にAPHA(American Public Health Association)の要望からBuchbinderらにより食品の生菌数カウント用培地として開発されました。 APHAやFDAは生菌数測定培地とし推奨しております。

 

標準寒天培地”(Standard methods agar)の組成(精製水1000mlに対し) 

カゼイン膵消化ペプトン 5.0g
酵母エキス 2.5g
ブドウ糖 1.0g
寒天 15.0g

 pH7.0±0.2

 

標準寒天培地の原理

ペプトン(ギリシャ語で”消化”という意味)

細菌が発育するために最小限必要な栄養素は窒素源と炭素源であります。細菌は自力では蛋白分解する力がないので、肉・牛乳は直接の栄養素として利用できません。しかし、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化すると細菌は分解することが可能になり栄養素として利用できます。これらの蛋白を消化または分解して作成された物質をペプトンと言います。ペプトンの種類はカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等がありますが、この培地ではカゼインペプトン(膵臓のパンクレアチン消化)が使用されております。これらのペプトンは栄養学的違い(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)やその目的細菌に応じて選択します。また、カゼインペプトンは栄養学的、経済的に優れているために細菌用培地の使用頻度が最も高いペプトンであります。

炭水化物

培地中に含まれるブドウ糖(炭水化物)は①エネルギー獲得のため、同時に炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別の目的であります。本培地では①のエネルギー獲得、炭素源の追加供給(カゼインペプトンに含まれる炭水化物が少ない)目的で添加されております。添加することで細菌の発育が良好になります。

エキス類

一般的な細菌が発育するために必須の栄養素ではありません。一般的にはペプトンの補助栄養剤として使用します。エキス類の添加することで不足した栄養分を補うことで細菌の発育を促進することができます。また、細菌の酵素活性を上げる作用(補酵素作用)はビタミン類が豊富に含まれているためです。酵母エキス、牛肉エキス、じゃがいもエキス等が培地には利用されます。

本培地では各種ビタミン、アミノ酸、ミネラルが豊富な酵母エキスが発育促進剤として用いられております。同時にカゼインペプトンでは不足した栄養を補助する目的であります。

寒天

培地の固形化剤として用いられ、発育した菌の孤立コロニーを形成させることができるために菌の分類、鑑別が、また混釈培養による生菌数の測定が可能になります。

寒天の原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。。培地用寒天はこのうちオゴノリから作成されたものが一般的に使用されます。寒天の主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適してます。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。

 

その他

すべての培地には塩化ナトリウムが含まれてます。塩化ナトリウムが0%の培地ではあらゆる細菌は発育できません。細菌の浸透圧の維持するためには必要な成分です。

さらに培地のpHは重要な条件です。多くの細菌の至適pHは6.8-7.4であり、範囲以外のpHでは細菌の発育が不良になるか、全く発育できません。

本培地のpHは7.0±0.2

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(検査の限界)

食品中に存在している多くの細菌は標準寒天培地で発育は良好ですが、以下のケースでは発育不良または発育不可の場合がありますのでご注意ください。

1.<食品中に存在する損傷菌は発育不良>

食品中の細菌は加熱、乾燥、凍結や製造工程により細胞膜・細胞壁がダメージを受けると(損傷菌)本培地では発育が不良になります。

損傷菌を回復させるために一般的にはピルビン酸ナトリウムが使用されますが、黄色ブドウ球菌(S.aureus)ではマグネシウム、リステリア菌(L.monocytogenes)では鉄分の添加が有効といわれています。このような回復(再生)過程に必要な条件は細菌の種類によって異なります。この損傷菌については原因、解決策については不明な点が多く、課題にされております。

2.<培地組成が原因で発育できない細菌>

① 発育のために要求される栄養成分が厳しい細菌はこの標準寒天培地では発育できません。例として血液成分がないと発育しない細菌(血好菌)など。

② 寒天中の不飽和脂肪酸が有害であるため発育できない細菌がある。発育させるためには液体培地を用いるか、不飽和脂肪酸吸着剤(活性炭など)を培地に添加する必要があります。(ボルデテラ、抗酸菌など)

③ 培地に含まれる塩化ナトリウムの含有量が不足のために発育不良になります。

一定以上の塩化ナトリウムがないと発育しない好塩菌(ビブリオ)があります。

④ 培地組成の栄養が良すぎるために発育が不良になります(従属栄養細菌)

3.<培養環境の理由で発育できない細菌>

① 嫌気性菌(ガス壊疽菌等)、微好気性菌(カンピロバクター等)は発育できない。

② 高温細菌、低温細菌の発育は不良です。

4.<検査法(技術的)の理由で発育できない>

使用した粉末培地の劣化、混釈時の培地の温度管理、孵卵器の温度管理等の不備等により、発育が不良になることがあります。

 

参考文献; 

Buchbinder,.L,et al , Am J.Public Health 43:869-972、1951

Barak,E. Ricca and S. M. Cutting: Mol. Microbiol.55 ,33 0-338 2005

友近健一:VNC菌とその衛生学的問題、防菌防黴学誌、30:85-90,2002.

Bloomfield, S.F.,. :  Microbiology. 144, 1-2.1998

坂崎利一 ;新 細菌培地学講座 近代出版 1988