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第135話 サルモネラ食中毒対策も忘れずに

2025.06.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

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 図1は、日本気象協会の梅雨情報です。今年も、高温多湿の梅雨になると予想されています。梅雨に続く夏も、暑いようです。わが国は本年2月から、ノロウイルスなどのウイルス性の胃腸炎に苦しめられてきました。気温の上昇に伴い、これからは食中毒を起こす細菌にも注意を払う必要があります。

 サルモネラ属菌による食中毒は、わが国でも多くの死者を出し、恐れられていました。現在のわが国では、対策が功を奏していますが、2025年5月に入ると7万個にも及ぶ生ハムの製品回収リコールや28人が発症した社員寮での食中毒が起こっています。

 表1のように国際的にも注意と対策が必要です。米国では、2024年に大型のサルモネラ属菌食中毒が起こりました。原因食品は、キュウリでした。2025年5月にも、同じ農場のキュウリの回収リコールが行われています。

 わが国は多くの食料調達を海外に依存していることもあり、サルモネラ属菌対策も忘れないように心がけることが必要です。

1)サルモネラとサルモネラ属菌

 サルモネラは、サルモネラ属菌全体を意味しているのでサルモネラ菌とは表現しません。サルモネラは、地球環境に広く分布し、我々も知らぬ間に保菌者になっていたり、身近なペットが保菌していたりすることもあります。

 サルモネラには2,500以上の種類(血清型)があり、腸内細菌科のサルモネラ属に含まれています。最初に分離された地名をつけます。Salmonella Sendai(仙台)などです。

 サルモネラはS.entericaS.bongoriの2菌種に分類され、前者はさらに6つの亜種(subspecies)に分けられます。一般的な呼び名は、血清型を使った呼び方です。菌体の菌体抗原(O抗原)と、鞭毛抗原(H抗原)の相違によって血清型別されます。S.Enteritidis O9:g,m:- (腸炎菌、ゲルトネル菌)のようにOとH抗原をコロン(:)で結んで表します。食品衛生領域では、Salmonellaはイタリック体にし、血清型はローマン体で記載してS. Typhimurium(ネズミチフス菌)のように表現されます。

 食中毒の原因になるサルモネラ属菌は、自然界に広く分布している細菌です。河川・下水道などにも生息していますが、牛や豚、鳥などの体内にも生息しています。

 表2のように、サルモネラ属菌は乾燥に強いという特性があります。2025年4月から乾燥粉末サプリメントもサルモネラ属菌の汚染の可能性から、米国でクラスIのリコールが行われています。

 35〜43℃の温度域で活発に増殖し、7℃未満の低温では発育は止まりますが死滅することはありません。さらに低い温度でも増殖を認めたという報告もあります。国際的には、5℃以上は危険温度帯とされています。わが国の冷蔵温度は10℃以下というのは、赤信号を無視している状態であると思われます。

 サルモネラ属菌による食中毒には、少量の菌でも発症するリスクがあります。サルモネラ属菌は加熱に弱いという特性があるため食中毒の予防対策として、清潔を心がけ、十分な加熱を利用することが大切です。

 サルモネラ食中毒の症状は、表2に示しました。症状が軽くすむ場合が多い食中毒ではありますが、抵抗力が弱い幼児や高齢者の場合は脱水症状によって命にかかわる状態になるおそれもあるため注意が必要です。2023年8月には、弁当による食中毒で1名の方が死亡されています。

2)サルモネラ食中毒の発生例

A: 大福餅食中毒事件

 1936年5月10日に、静岡県立浜松第一中学校(現、浜松北高等学校)で配布された大福を食べた学校生徒、職員、およびその家族2,201名が発症しました。死亡者が増加し、44名にもなりました。図2のように、発生当初は毒物事件を疑われた大惨事でした。 浜松市内の菓子店で製造された際に混入したS. Enteritidisが病因物質でした。菓子店は、店内をネズミが通行するような劣悪な衛生環境だったと報告されています。

B: バリバリイカ食中毒事件

 1999年4月に、全国で販売されたイカの乾製品である「イカ菓子」(通称、バリバリイカ)による1,634人の食中毒が発生しました。

 バリバリイカの製造工程には乾燥のための40~50℃での温度処理がありましたが、他には加熱工程はなく、イカ原材料を汚染していたサルモネラが生残し、そのまま袋詰され流通したものと考えられました。これは、サルモネラが乾燥にも強いことを表しています。表3のように、製造環境の調査では、病因物質であったS. Oranienburgが検出されています。

C.仕出し弁当食中毒事件

 2023年8月19日に、和歌山県で仕出し弁当を原因とする食中毒が発生しました。概要を表3に示します。弁当を喫食した117名が発症し、このうち高齢男性1名が死亡しました。男性は20日昼に弁当を食べ、22日朝に下痢,発熱症状が出て入院、症状が悪化して26日にサルモネラ腸炎で亡くなりました。

 当該弁当の検食が残されていないなどの不備がありました。製造現場ならびに調理方法等の調査の結果、鶏肉ならびに卵の取扱いにも不備があり、製造施設内で交差汚染を起こしていた可能性も指摘されました。納入された卵の中にin egg状態でいたS. Enteritidisが、割り置きした卵で増殖した可能性も指摘されています。

3)サルモネラと国民の常識

 国民の常識として、サルモネラは何処にでもいて一所(生)懸命生きていることを知っている必要があると思われます。わが国の公衆衛生環境は整備され、サルモネラ食中毒は減っています。しかしながら、サルモネラ属菌をゼロにすることはできません。現在の食料調達は分業で行われており、消費者にはフードチェーン全体やサルモネラの存在が分かりにくくなっています。

 EUは、畜産物だけではなく芽物野菜sproutなどが関係するサルモネラ食中毒にも悩まされています。北米も同様です。人間やペットもサルモネラ属菌を保有している場合もあります。ビルや下水道施設にも、サルモネラを媒介するネズミ等の動物や虫達が住み着いています。

 わが国は生卵を好む消費者が多く、フードチェーン関係者の日々の絶えざる努力で、サルモネラ対策の成功を継続できています。生食文化を国民の誇りにするためにも、フードチェーンを大切にして行きましょう。

参考文献:

1) 農林水産省 :食品安全に関するリスクプロファイルシート、サルモネラ、2016年10月14日

https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/pdf/salmonella.pdf

2) G.Kumar, et al., The rise of non-typhoidal Salmonella: an emerging global public health concern, Front. Microbiol., vol.16, 2025

https://doi.org/10.3389/fmicb.2025.1524287

3) Food Safety News, Optimal Carnivore recalls Bone & Joint Restore Capsules because of possible Salmonella contamination, May 8, 2025

4) US. FDA: Outbreak Investigation of Salmonella: Cucumbers (May 22, 2025)

https://www.fda.gov/food/outbreaks-foodborne-illness/outbreak-investigation-salmonella-cucumbers-may-2025